結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「そんなわけ、ありません」
ようやく絞り出した声はか細く、説得力がなかった。
「嘘つきだね」
「うそつき? そ、ひゃあ!」
今度は顔を傾け、首筋に唇が触れる。肩までの髪を掻き上げられ、チリリとした痛みが走った。
「や、やめ・・・!」
今度こそ彼を押し退けようとして、つま先で膝を蹴った。
「つっ!」
さっき蹴った場所に再びヒットし、今度こそ彼が一歩後ろに引いた。
「なかなか手強いな」
すかさず彼の腕の中から逃れ、窓側に逃げた。
「もう、やめてください。どうして私なんですか。別に私で無くても、あなたならほんとにちゃんと相手が」
「俺はもう君に決めた。他の誰でもない。君がいい」
「そ、そんな・・」
どうしたら彼の気持ちを変えられるだろう。
「逆に聞くが、なぜ俺ではだめなんだ? 結婚できない理由でもあるのか」
「うっ」
そう聞かれると言葉に詰まる。
「だ、だって、あなたと私は今日会ったばかりで・・」
「見合いというのは元々結婚を考えている男女がするもので、当然初めて会うものだ」
「でも、わ、私は身代わりで・・」
「そうだったとしても、見合いの席に現われた限りは、最後まで責任を持つべきだ」
「花純は・・断られるつもりで」
「彼女とは結婚せず、他の女性と結婚するのだから、希望通りでは?」
「・・・・」
ああ言えばこう言う。言葉では彼に勝てない。
香津美は心の中で花純を呪い殺したい気持ちになった。
彼女の我が儘の尻拭いをまたもやしなくてはならない。しかも今回はいつもの忘れ物をしたから持ってこいとか、あれが食べたいから並んで買ってこいとか、限定コスメの予約をしたいから何時にどこそこの百貨店に並んでとかと言ったものとは違う。
香津美自身の人生が掛かっているのだ。
「俺は君に決めた。俺の人生は君に掛かっている。たった三年だ。君の恩には充分報いる」
どうしてそこまで私に拘るのかわからない。
どう考えても馬鹿げた提案で、結婚というものをまるで業務提携のように話す篝の神経を疑う。
「今の仕事はずっと続けるつもりでいるのか?」
「え、仕事・・ですか?」
「そうだ。今は結婚後も仕事を続ける女性も多い。うちのグループでも育児休暇を男性が取り、出産後に復帰した女性の時短勤務や託児所の設置、リモートワークの幅を広げたりと対策を練っている。君の職場がどうなっているか知らないが、仕事はどうするつもりで働いている?」
「えっと、相手にも寄りますが、続けられるなら続けたいです」
結婚を考えたことはなかったが、可奈子が結婚すると聞いてから意識はするようにはなった。でも相手もいないし、まだまだ先の話だと思っていた。もし結婚相手がどこかに転勤になるか、子どもが出来たときに考えようとは思っていた。
「今の仕事が天職かどうかわかりませんが」
「籍を入れて、三年妻としての勤めを果たしてくれるなら、後は好きにしていい。君の生活に口出しはしない。もちろん、最初に話したお金のこともきちんと文書にして契約書を交わそう」
「妻としての・・勤め?」
「俺の妻として家族に会い、夫婦で呼ばれたら妻としてそこへ行く。それ以外は何も望まない」
「その・・普通の夫婦がすることは?」
「ん?」
「その・・夜の・・」
「ああ、それか・・それは君次第だ」
にんまりと篝が色気を含んだ目で見つめてくる。
「体を密着させたり、キスくらいは本当の夫婦らしく見せるためにしてもらう必要はあると思う」
「キ、キスゥ!」
思わず声がひっくり返ってしまった。
「さっきしたでしょ」
「で、でも、恋愛結婚ならわかるけど、お見合い結婚にそんなの必要ですか?」
「それでも夫婦だから見合いと言えど、結婚すれば当然する。それに、祖母に少しでも結婚が契約だと疑われるような危険は侵せない」
結婚したくないわけではかった香津美に取って、便宜上とは言え結婚を突きつけられて困惑するしかない。
きちんと考えたことはないが、自分はどうやら男女の付き合いというものに対して、少々淡白すぎて他の人ほどセックスにも興味が無い。
結婚してキスやセックスをしなくてはいけないと考えると、それだけで気分が滅入る。
これが結婚という名の契約で、そこに一欠片の愛情もないことはわかっている。いわゆる取引なのだ。
普通の夫婦がするようなことを強要されないなら、キス程度なら我慢すべきだろうか。
「とりあえず、考えてみますけど、今日の所は帰らせてください」
腕時計をチラリと見ると、もう四時近くになっている。そろそろ出ないと間に合わない。
「わかった。じゃあ、連絡先を交換しよう」
さっき落として畳に転がったままの奈津美の携帯を拾い、前に差し出す。
近づいてそれを受け取り、篝に電話番号と無料通話アプリのIDを教えさせられた。
「来瀬 香津美っと。登録した」
ポンと音が鳴り、アプリがメッセージが届いたことを知らせる。
携帯を見ると、そこには「これからもよろしく♡ 香津美ちゃん」とあった。
ようやく絞り出した声はか細く、説得力がなかった。
「嘘つきだね」
「うそつき? そ、ひゃあ!」
今度は顔を傾け、首筋に唇が触れる。肩までの髪を掻き上げられ、チリリとした痛みが走った。
「や、やめ・・・!」
今度こそ彼を押し退けようとして、つま先で膝を蹴った。
「つっ!」
さっき蹴った場所に再びヒットし、今度こそ彼が一歩後ろに引いた。
「なかなか手強いな」
すかさず彼の腕の中から逃れ、窓側に逃げた。
「もう、やめてください。どうして私なんですか。別に私で無くても、あなたならほんとにちゃんと相手が」
「俺はもう君に決めた。他の誰でもない。君がいい」
「そ、そんな・・」
どうしたら彼の気持ちを変えられるだろう。
「逆に聞くが、なぜ俺ではだめなんだ? 結婚できない理由でもあるのか」
「うっ」
そう聞かれると言葉に詰まる。
「だ、だって、あなたと私は今日会ったばかりで・・」
「見合いというのは元々結婚を考えている男女がするもので、当然初めて会うものだ」
「でも、わ、私は身代わりで・・」
「そうだったとしても、見合いの席に現われた限りは、最後まで責任を持つべきだ」
「花純は・・断られるつもりで」
「彼女とは結婚せず、他の女性と結婚するのだから、希望通りでは?」
「・・・・」
ああ言えばこう言う。言葉では彼に勝てない。
香津美は心の中で花純を呪い殺したい気持ちになった。
彼女の我が儘の尻拭いをまたもやしなくてはならない。しかも今回はいつもの忘れ物をしたから持ってこいとか、あれが食べたいから並んで買ってこいとか、限定コスメの予約をしたいから何時にどこそこの百貨店に並んでとかと言ったものとは違う。
香津美自身の人生が掛かっているのだ。
「俺は君に決めた。俺の人生は君に掛かっている。たった三年だ。君の恩には充分報いる」
どうしてそこまで私に拘るのかわからない。
どう考えても馬鹿げた提案で、結婚というものをまるで業務提携のように話す篝の神経を疑う。
「今の仕事はずっと続けるつもりでいるのか?」
「え、仕事・・ですか?」
「そうだ。今は結婚後も仕事を続ける女性も多い。うちのグループでも育児休暇を男性が取り、出産後に復帰した女性の時短勤務や託児所の設置、リモートワークの幅を広げたりと対策を練っている。君の職場がどうなっているか知らないが、仕事はどうするつもりで働いている?」
「えっと、相手にも寄りますが、続けられるなら続けたいです」
結婚を考えたことはなかったが、可奈子が結婚すると聞いてから意識はするようにはなった。でも相手もいないし、まだまだ先の話だと思っていた。もし結婚相手がどこかに転勤になるか、子どもが出来たときに考えようとは思っていた。
「今の仕事が天職かどうかわかりませんが」
「籍を入れて、三年妻としての勤めを果たしてくれるなら、後は好きにしていい。君の生活に口出しはしない。もちろん、最初に話したお金のこともきちんと文書にして契約書を交わそう」
「妻としての・・勤め?」
「俺の妻として家族に会い、夫婦で呼ばれたら妻としてそこへ行く。それ以外は何も望まない」
「その・・普通の夫婦がすることは?」
「ん?」
「その・・夜の・・」
「ああ、それか・・それは君次第だ」
にんまりと篝が色気を含んだ目で見つめてくる。
「体を密着させたり、キスくらいは本当の夫婦らしく見せるためにしてもらう必要はあると思う」
「キ、キスゥ!」
思わず声がひっくり返ってしまった。
「さっきしたでしょ」
「で、でも、恋愛結婚ならわかるけど、お見合い結婚にそんなの必要ですか?」
「それでも夫婦だから見合いと言えど、結婚すれば当然する。それに、祖母に少しでも結婚が契約だと疑われるような危険は侵せない」
結婚したくないわけではかった香津美に取って、便宜上とは言え結婚を突きつけられて困惑するしかない。
きちんと考えたことはないが、自分はどうやら男女の付き合いというものに対して、少々淡白すぎて他の人ほどセックスにも興味が無い。
結婚してキスやセックスをしなくてはいけないと考えると、それだけで気分が滅入る。
これが結婚という名の契約で、そこに一欠片の愛情もないことはわかっている。いわゆる取引なのだ。
普通の夫婦がするようなことを強要されないなら、キス程度なら我慢すべきだろうか。
「とりあえず、考えてみますけど、今日の所は帰らせてください」
腕時計をチラリと見ると、もう四時近くになっている。そろそろ出ないと間に合わない。
「わかった。じゃあ、連絡先を交換しよう」
さっき落として畳に転がったままの奈津美の携帯を拾い、前に差し出す。
近づいてそれを受け取り、篝に電話番号と無料通話アプリのIDを教えさせられた。
「来瀬 香津美っと。登録した」
ポンと音が鳴り、アプリがメッセージが届いたことを知らせる。
携帯を見ると、そこには「これからもよろしく♡ 香津美ちゃん」とあった。