結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
可奈子が予約してくれていたイタリアンレストランは、申し分ない味だった。
しかし、普段一汁一菜の質素な食事しかしていない香津美の胃袋にとって、昼の懐石料理からのご馳走攻撃はかなりきついものがあった。
「じゃあ、俺の方で場所とか探しておくから、一度下見に行く?」
「そうですね」
食事が終わり、食後のコーヒータイムになる頃には、大方の話は済んでいた。
大原はこれまで二度ほど幹事をしたことがあり、交友関係も広いらしく、話はスイスイと纏まった。
「来瀬さんの連絡先、教えてもらっていい? これから何度か連絡取り合わないといけないし」
「あ、そうですね。ちょっと待ってください」
香津美はショルダーバッグから携帯を取り出した。
「あれ、誰かからメール」
ずっとマナーモードにしていたので気づかなかった。
それに鬼のように着信が入っている。
履歴は殆ど花純からだった。
メールも「どうだった?」「連絡して」「何やっているのよ」と言った文句ばかり。
「何? どうしたの?」
隣にいた可奈子が画面を覗き込む。
「花純? 相変わらず勝手だね」
「う、うん」
可奈子と出会った頃から、香津美が花純に振り回される度に彼女は顔を顰めてきた。
とりあえず画面を閉じ、大原と連絡先を交換する。
今日知り合った人と連絡先を交換するのは二度目だな。ふとまた篝のことが頭に浮かぶ。
「じゃあ、よろしくね」
「はい」
その後立花と大原と別れ、可奈子と二人で香津美のアパートへ向かう。途中でコンビニに寄り、飲み物やおつまみ、可奈子の着替えの下着を買った。
「で、それ、さっきの車の人?」
お風呂に入ってさっぱりすると、可奈子がズバリと聞いてきた。
「うん」
観念して香津美は頷いた。レストランのお手洗いで確認したら、うっすらと白い肌に付いた赤い花びらのような痕を確かに確認できた。
「詳しく」
グビリとストロング缶のお酒を飲んで、可奈子がクッションを抱えて詰め寄った。
そして奈津美は今朝の花純の電話から始まった出来事をかいつまんで話した。
「ふうん」
「え、それだけ?」
花純の無茶ぶりに腹を立てていたものの、可奈子の感想は思っていた以上にあっさりとしていた。
「確かに花純のいつもあんたを舎弟のように扱う態度には腹が立つけど、その人、香津美が普通にしていて会う機会のない人だから、ある意味新鮮でいいんじゃない」
「でも、代わりに見合いに来た相手に、結婚相手は君で良いからとか、節操なくない?」
「身代わりを引き受ける方もどうかと思うけど」
「う・・っ」
痛いところを突かれて、ぐうの音も出ない。
「仰るとおりです」
がくりと項垂れて力なく呟いた。
「で、香津美はどうするつもりなの?」
「どうすればいいと思う?」
「は? どうしてわたしに聞くの?」
「え、だって、私は可奈子の直感信じているから、可奈子の言うとおりにするよ」
「どうして私に意見を求めるのよ」
「・・・え?」
「あのね、これは香津美の人生の問題。私が意見することじゃないと思うの」
思っていた反応と違うことに香津美は混乱する。「そんなのやめておきなさい」そう言ってくれるのを期待していた。
「『そんな男の求婚、断りなさい』そう私が言うことを期待していた?」
「・・・・・」
図星なので何も言えない。
「香津美が傷つくのは見たくないけど、いつもの香津美なら、そんなの私の意見を聞く前に断っているでしょ。流されたとは言え、ちょっとは気持ちあるから、悩んでいるんでしょ」
「え?」
「香津美はさ、本当に嫌なら悩まない。花純の我が儘だって、何とかできるから聞いてあげてきたんでしょ。だって、香津美には大事な肉親だもの。結局切り捨てられないんだよ。それでも理不尽だと思うから愚痴も聞くし、同調もしてきた。でも、香津美の人生に私がすべて羅針盤のように方向を示すことはできない。これは香津美の人生なんだから、自分で舵を切って進むしかない」
可奈子はそう言って、飲みかけのお酒を一気に飲み干す。
お酒の弱い私はノンアルをちびちびと飲み、おつまみのチーズをほおばる。
「だって、嫌じゃ無かったんでしょ、その人とのキス」
お酒の強い可奈子はこれくらいでは酔った内に入らない。口調は軽いがその言葉は真理を突いていた。
「香津美のファーストキスかあ、どうだった?」
「ど、どうって・・」
脳裏に浮かぶ篝とのキス。そして伝わってきた熱。
「愛情なんて後から育つこともあるでしょ。その人、香津美の好みど真ん中だったんじゃない?」
そう。可奈子の言葉はすべて正しいと香津美は納得していた。
しかし、普段一汁一菜の質素な食事しかしていない香津美の胃袋にとって、昼の懐石料理からのご馳走攻撃はかなりきついものがあった。
「じゃあ、俺の方で場所とか探しておくから、一度下見に行く?」
「そうですね」
食事が終わり、食後のコーヒータイムになる頃には、大方の話は済んでいた。
大原はこれまで二度ほど幹事をしたことがあり、交友関係も広いらしく、話はスイスイと纏まった。
「来瀬さんの連絡先、教えてもらっていい? これから何度か連絡取り合わないといけないし」
「あ、そうですね。ちょっと待ってください」
香津美はショルダーバッグから携帯を取り出した。
「あれ、誰かからメール」
ずっとマナーモードにしていたので気づかなかった。
それに鬼のように着信が入っている。
履歴は殆ど花純からだった。
メールも「どうだった?」「連絡して」「何やっているのよ」と言った文句ばかり。
「何? どうしたの?」
隣にいた可奈子が画面を覗き込む。
「花純? 相変わらず勝手だね」
「う、うん」
可奈子と出会った頃から、香津美が花純に振り回される度に彼女は顔を顰めてきた。
とりあえず画面を閉じ、大原と連絡先を交換する。
今日知り合った人と連絡先を交換するのは二度目だな。ふとまた篝のことが頭に浮かぶ。
「じゃあ、よろしくね」
「はい」
その後立花と大原と別れ、可奈子と二人で香津美のアパートへ向かう。途中でコンビニに寄り、飲み物やおつまみ、可奈子の着替えの下着を買った。
「で、それ、さっきの車の人?」
お風呂に入ってさっぱりすると、可奈子がズバリと聞いてきた。
「うん」
観念して香津美は頷いた。レストランのお手洗いで確認したら、うっすらと白い肌に付いた赤い花びらのような痕を確かに確認できた。
「詳しく」
グビリとストロング缶のお酒を飲んで、可奈子がクッションを抱えて詰め寄った。
そして奈津美は今朝の花純の電話から始まった出来事をかいつまんで話した。
「ふうん」
「え、それだけ?」
花純の無茶ぶりに腹を立てていたものの、可奈子の感想は思っていた以上にあっさりとしていた。
「確かに花純のいつもあんたを舎弟のように扱う態度には腹が立つけど、その人、香津美が普通にしていて会う機会のない人だから、ある意味新鮮でいいんじゃない」
「でも、代わりに見合いに来た相手に、結婚相手は君で良いからとか、節操なくない?」
「身代わりを引き受ける方もどうかと思うけど」
「う・・っ」
痛いところを突かれて、ぐうの音も出ない。
「仰るとおりです」
がくりと項垂れて力なく呟いた。
「で、香津美はどうするつもりなの?」
「どうすればいいと思う?」
「は? どうしてわたしに聞くの?」
「え、だって、私は可奈子の直感信じているから、可奈子の言うとおりにするよ」
「どうして私に意見を求めるのよ」
「・・・え?」
「あのね、これは香津美の人生の問題。私が意見することじゃないと思うの」
思っていた反応と違うことに香津美は混乱する。「そんなのやめておきなさい」そう言ってくれるのを期待していた。
「『そんな男の求婚、断りなさい』そう私が言うことを期待していた?」
「・・・・・」
図星なので何も言えない。
「香津美が傷つくのは見たくないけど、いつもの香津美なら、そんなの私の意見を聞く前に断っているでしょ。流されたとは言え、ちょっとは気持ちあるから、悩んでいるんでしょ」
「え?」
「香津美はさ、本当に嫌なら悩まない。花純の我が儘だって、何とかできるから聞いてあげてきたんでしょ。だって、香津美には大事な肉親だもの。結局切り捨てられないんだよ。それでも理不尽だと思うから愚痴も聞くし、同調もしてきた。でも、香津美の人生に私がすべて羅針盤のように方向を示すことはできない。これは香津美の人生なんだから、自分で舵を切って進むしかない」
可奈子はそう言って、飲みかけのお酒を一気に飲み干す。
お酒の弱い私はノンアルをちびちびと飲み、おつまみのチーズをほおばる。
「だって、嫌じゃ無かったんでしょ、その人とのキス」
お酒の強い可奈子はこれくらいでは酔った内に入らない。口調は軽いがその言葉は真理を突いていた。
「香津美のファーストキスかあ、どうだった?」
「ど、どうって・・」
脳裏に浮かぶ篝とのキス。そして伝わってきた熱。
「愛情なんて後から育つこともあるでしょ。その人、香津美の好みど真ん中だったんじゃない?」
そう。可奈子の言葉はすべて正しいと香津美は納得していた。