結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
見た目もさることながら、その俺様な態度、そして自分の能力を信じ、自信に満ちあふれた態度。男女関係に奥手な香津美のキスを強引に奪った篝は、すでに香津美の心を奪っていた。

「大原さん、もう少し早く香津美に紹介していたら良かった」
「え、なんで大原さん?」

不意に彼の名前が出て香津美は目をぱちくりとさせた。

「二次会の幹事同士って、ひっつく可能性高いの。彼もちょうど彼女がいないって言っていたから、柾が香津美にどうかって・・ま、こういうのはタイミングだから」
「そ、そうなの・・・」
「大原さんはその気だったみたいだけど、悪いことしたな」
「へ?」
「香津美を気に入ったみたいだって言っているの。実際、香津美が席を立った時に、彼氏いないのかって色々確認してきたから」
「そ、そんなこと・・」

お酒は一滴も入っていないノンアルコールを飲んでいるのに、顔が一気に赤くなり動悸が激しくなる。

「もしその篝って人の提案断るなら、彼のことも考えてあげて」
「そんな器用なことできないよ」

いきなり二人の男性について考えろと言われても、香津美にはどうしたらいいかわからない。

「香津美がそんな風に悩むの見るの楽しい~」
「もう、可奈子、からかわないでよ」
「からかっていないわよ。これでも真剣よ。今の香津美の表情、女の私でもぐっと来るから、男が見たら一発ノックアウトだよ」
「え、どんな顔?」

慌てて鏡を見るが、いつもと変わらない。それどころかすっぴんなので、幼さが際立っていてまるで色気も感じられない。

「それよりさ、叔父さんのことはどうするの?」
「う、うん・・」
「花純は? なんて?」
「うん」

怒涛のメールと着信攻撃に一応メールを送って連絡をしてみた。

『見合いに来たのは花純じゃないってすぐにばれたけど、別に怒ってもいなかったよ。向こうも一時間遅れてきたし。お互い様だって言ってたわ』
それに対して花純は
『一時間遅れて来るとかあり得ないわ! 行かなくて正解。でも、その人ハンサムだった?』
『男前だったけど、花純の好みじゃ無いかも』

チャラい系のホスト風なタイプが好みの花純からすれば、育ちのいいお坊ちゃん風の自信に溢れた篝は苦手なタイプと言える。
仮に篝の容姿がもう少し平凡だったとしても、醸し出す自信と内なる能力できっと人目を引いたことだろう。

『そうなんだ。このことパパにはぜったい、ぜったい黙っててね』

ありがとうのひと言もないメール。いつものことだ。期待しなければ落胆も感じない。
でも可奈子の言うことは本当だと思う。
母親は離婚後音沙汰もない。父も祖母も亡くなってしまい、香津美の身内は叔父の家族だけ。冷遇されていると言っても、体罰を加えられるでも無く、最低限の生活は保障してくれている。文句を言いながらも、こうして一人暮らしも認めてくれた。
情は薄くても理不尽だと思っても、血の繋がりというもので許してしまう。

「そろそろ寝る?」

深夜一時を周り、可奈子が言った。

「そうだね」

先に可奈子が洗面所に行き、歯磨きをしている間、香津美は自分の携帯を見た。
花純からのメールや着信に混じってもう二件、メールが来ていた。
一件は大原弘毅から、「これからよろしく」というもの。
そしてもう一件は篝 和海から「いい返事を待っている」というもの。
大原には「こちらこそ、よろしくお願いします」と返していたが、可奈子の言葉を聞いて必要最低限の連絡だけにしようと思った。
そして篝からのメールには未だ返事を返せていない。
そのメールの文面からは、篝の提案を受け入れる返事しか考えていないのが丸わかりだった。

「三年か・・」

今二十五歳の香津美は二十八歳になる。そこから再出発しても決して遅すぎることはない。
ただ問題は、それが本当に三年で終わるかどうか。
長引けば長引くだけ篝への執着が増し、離れられなくなるのではないだろうか。
花純の我が儘を結局は聞き入れてしまうように。

「悩んでるの?」

歯磨きを終えて戻ってきた可奈子に心の内を言い当てられる。

「悩んでいるって事は、気があるってことだよね。でも、それを受け入れたら香津美のことだから、三年で打ち切ることができるか」
「私じゃ無くても、彼なら結婚してくれる人、きっとたくさんいるわ」
「それはそうだろうけど、それも嫌なんでしょ?」
「可奈子には適わないな。でも、意外。可奈子なら断然反対するかと思った」
「まあ、ぶっとんだ提案ではあるけど、結婚のきっかけなんて人それぞれでしょ。その人は香津美以外考えられないって言ってるんだから、ちょっとは香津美に好意があるってことだし、香津美はそれくらいグイグイ迫られないと思い切らないでしょ」

それもまた、可奈子の言うとおりだった。
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