結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「か、香津美と・・ですか」
「ええ」
「し、しかし・・篝社長が・・」
「祖父には既に私の意向を伝え、了承してもらっています」
「え、しゃ、社長が・・ですか?」
「安心してください。祖父にはお嬢さんが急病で来られなくなったと、香津美さんが伝えに来てくれたと話しています。その香津美さんに私が一目惚れしたと言いました」
「一目惚れ・・ですか」
篝の方を見る勇気が無く、右隣の花純を見ると、彼女は今でも信じられないというように香津美を見ている。
「一目惚れ? 香津美に? 目が悪いんじゃ」
と失礼なことをぶつぶつと言っている。
「ええ」
「香津美は・・香津美は?」
「わ、私は・・」
「彼女は叔父のあなたさえ認めてくれればと、ですからこうして今夜お邪魔したのです」
「本当か、香津美」
「香津美ちゃん、本気なの? いとこのお見合い相手となんて、どういうつもりなの」
叔母が叔父よりも鋭い声で尋ねてくる。
叔母にとって、自分の娘より姪の香津美がステイタスの高い男性と結婚するのは面白くないだろう。
その気持ちがありありと見て取れる。
叔母の香津美に対する態度は叔父よりも辛辣だ。
「彼女はそのことも気にしていましたが、私がどうしても彼女でないと嫌だと祖父に我が儘を言いました」
あくまで自分の我が儘で香津美は悪くないと篝は言う。
「祖父との約束に加え、私からも今後リアルエステート来瀬に対し便宜を図るようにするつもりです。もちろん合法にね」
「え、篝さん・・そんな」
叔父が篝の祖父とどんな約束をしているのかはわからない。でも、今回のお見合いが成功すれば、確実に叔父の会社にとって利益になることは間違いない。
当初の叔父の「娘の花純を財閥の御曹司に嫁がせる」という目論見は外れたが、会社にとって損はない話だ。それどころかきっと大きな利益に繋がるのだろう。
「それと、これは私の我が儘なので香津美さんが我が家に嫁ぐに当たっては、家は何も求めません。彼女には身ひとつで来ていただければと」
それは嫁入り支度は何もいらない。香津美が篝の家に嫁ぐために来瀬の家からは一銭も使う必要は無いと言っていた。
「いや、篝さん、そんなこと・・それではあまりにも」
叔父は一応遠慮して見せたが、叔母は明らかに喜んでいた。祖母が亡くなる前、香津美にいくらかの預金を残してくれていたが、それは彼女の大学の費用に消えていた。それでも足りずに家庭教師や長期休暇の間のバイトで何とか賄うことが出来た。
香津美にもいくらか預金はあるが、働き出して三年。一人暮らしを始める際にもいくらか使ったので、それほど余力はない。
そもそも彼と結婚することを香津美はまだ了承していないのに、話はどんどん結婚ありきで進んでいることが解せない。
「あの、篝さ」
「実はこちらの都合で申し訳ありませんが、先に籍だけでもと思っているのです。祖母の具合が悪くて、彼女の目が黒いうちに私の花嫁をと。何しろ内孫は私一人で、後は女ばかりなんですよ」
「ほう、おばあ様が。それは大変ですな」
「そんなに深刻にならないでください。すぐに何かあると言うことはないのです。医者の話ではきちんと薬を飲み、無茶をしなければまだ大丈夫とは言ってくれているので。でも祖母ももう七十を超えていますから、いつどうなるかわかりません」
チラリと香津美の方に視線を向けながら話す。おばあちゃん子の香津美には篝の話はぐっと来るものがあった。
それが篝の戦略なら、殆ど成功したと言える。
「今夜はご挨拶に伺っただけですので、一度祖父母と一緒に両家顔合わせの会食をどうでしょうか」
「篝社長と・・それは是非お願いしたいところです」
「祖母は今でも『芙蓉会』という政財界のご婦人方の会にも顔が利きますので、今度奥様も一緒にいかがでしょうか」
「まあ、『芙蓉会』。あそこはどなたかの紹介がなかったら入れないところですよね。Kagariホールディングスの社長夫人に誘っていただけるなんて、それは是非お願いしたいですわ」
叔母の気色ばんだ顔が一気に緩む。その会がどんなものか知らないが、そこで繋がりが出来れば花純の結婚相手も見つかるだろう。そんな叔父と叔母の思考が透けて見えた。
「ええ」
「し、しかし・・篝社長が・・」
「祖父には既に私の意向を伝え、了承してもらっています」
「え、しゃ、社長が・・ですか?」
「安心してください。祖父にはお嬢さんが急病で来られなくなったと、香津美さんが伝えに来てくれたと話しています。その香津美さんに私が一目惚れしたと言いました」
「一目惚れ・・ですか」
篝の方を見る勇気が無く、右隣の花純を見ると、彼女は今でも信じられないというように香津美を見ている。
「一目惚れ? 香津美に? 目が悪いんじゃ」
と失礼なことをぶつぶつと言っている。
「ええ」
「香津美は・・香津美は?」
「わ、私は・・」
「彼女は叔父のあなたさえ認めてくれればと、ですからこうして今夜お邪魔したのです」
「本当か、香津美」
「香津美ちゃん、本気なの? いとこのお見合い相手となんて、どういうつもりなの」
叔母が叔父よりも鋭い声で尋ねてくる。
叔母にとって、自分の娘より姪の香津美がステイタスの高い男性と結婚するのは面白くないだろう。
その気持ちがありありと見て取れる。
叔母の香津美に対する態度は叔父よりも辛辣だ。
「彼女はそのことも気にしていましたが、私がどうしても彼女でないと嫌だと祖父に我が儘を言いました」
あくまで自分の我が儘で香津美は悪くないと篝は言う。
「祖父との約束に加え、私からも今後リアルエステート来瀬に対し便宜を図るようにするつもりです。もちろん合法にね」
「え、篝さん・・そんな」
叔父が篝の祖父とどんな約束をしているのかはわからない。でも、今回のお見合いが成功すれば、確実に叔父の会社にとって利益になることは間違いない。
当初の叔父の「娘の花純を財閥の御曹司に嫁がせる」という目論見は外れたが、会社にとって損はない話だ。それどころかきっと大きな利益に繋がるのだろう。
「それと、これは私の我が儘なので香津美さんが我が家に嫁ぐに当たっては、家は何も求めません。彼女には身ひとつで来ていただければと」
それは嫁入り支度は何もいらない。香津美が篝の家に嫁ぐために来瀬の家からは一銭も使う必要は無いと言っていた。
「いや、篝さん、そんなこと・・それではあまりにも」
叔父は一応遠慮して見せたが、叔母は明らかに喜んでいた。祖母が亡くなる前、香津美にいくらかの預金を残してくれていたが、それは彼女の大学の費用に消えていた。それでも足りずに家庭教師や長期休暇の間のバイトで何とか賄うことが出来た。
香津美にもいくらか預金はあるが、働き出して三年。一人暮らしを始める際にもいくらか使ったので、それほど余力はない。
そもそも彼と結婚することを香津美はまだ了承していないのに、話はどんどん結婚ありきで進んでいることが解せない。
「あの、篝さ」
「実はこちらの都合で申し訳ありませんが、先に籍だけでもと思っているのです。祖母の具合が悪くて、彼女の目が黒いうちに私の花嫁をと。何しろ内孫は私一人で、後は女ばかりなんですよ」
「ほう、おばあ様が。それは大変ですな」
「そんなに深刻にならないでください。すぐに何かあると言うことはないのです。医者の話ではきちんと薬を飲み、無茶をしなければまだ大丈夫とは言ってくれているので。でも祖母ももう七十を超えていますから、いつどうなるかわかりません」
チラリと香津美の方に視線を向けながら話す。おばあちゃん子の香津美には篝の話はぐっと来るものがあった。
それが篝の戦略なら、殆ど成功したと言える。
「今夜はご挨拶に伺っただけですので、一度祖父母と一緒に両家顔合わせの会食をどうでしょうか」
「篝社長と・・それは是非お願いしたいところです」
「祖母は今でも『芙蓉会』という政財界のご婦人方の会にも顔が利きますので、今度奥様も一緒にいかがでしょうか」
「まあ、『芙蓉会』。あそこはどなたかの紹介がなかったら入れないところですよね。Kagariホールディングスの社長夫人に誘っていただけるなんて、それは是非お願いしたいですわ」
叔母の気色ばんだ顔が一気に緩む。その会がどんなものか知らないが、そこで繋がりが出来れば花純の結婚相手も見つかるだろう。そんな叔父と叔母の思考が透けて見えた。