結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
食事が終わって再び篝の車に乗り込んだ。
香津美の家の住所を告げて篝がそこに向かって車を走らせる。

「いいですよ」
「え?」
「キャッ」

キーッと篝が急ブレーキを踏んで体が前に傾いた。

「ごめん、今なんて?」

改めて聞き返されると恥ずかしくなる。
ブブーッと後ろからクラクションを鳴らされ、慌てて篝が車をスタートさせて路肩にハザードを付けて停めた。

「本当か?」

パーキングにしてサイドブレーキも掛け、シートベルトまで外して詰め寄ってきた。エンジンが掛かったままなのでシートベルト未装着の警告音が鳴る。

「ち、近い」
「あ、ごめん」

少し身を引いて謝る。

「えっと、それは俺と結婚するってことでいいんだよな?」
「期限付きの結婚、お受けします。最初の条件で構いません」
「本当に?」
「はい」

ドサリと篝は運転席のシートに身を預けた。

「でも、私で本当にいいのですか? 他に」
「良いに決まっている。あ、気が変わらないうちに今から家へ来て祖父に、ああ、もうこんな時間か。もう寝てる」

一人でブツブツと篝がああでもないこうでもないと騒ぎ立てる。
その様子がおかしくて、またもや香津美は笑ってしまった。
どうやら香津美は格好つけたりする彼より、こんな風に三枚目になる彼が好きなようだ。

「えっと・・改めてよろしく」

さっと右手を出して篝が握手を求めてくる。
香津美がそれに応えるべく手を伸ばした。

「あ!」

握手した瞬間、ぐいっと腕を引かれ、そのまま顎を取られて唇を奪われる。

「ん・・・」

さっき飲んだコーヒーの香りがする。
対向車のヘッドライトが照らしては暗くなり、何台もの車が通り過ぎていった。

「はあ」

舌先が閉じた唇の隙間から分け入り、逃げようとする舌を捕らえて絡みつく。
人生二度目の口づけは、甘く痺れるような快感と共に、お腹の奥から何かが呼び覚まされるような感覚が湧き上がった。
一体どれほどの時間続けていたのか。
ほんの数秒が何十分にも感じる。五感が全て唇に集中する。

ようやく唇が離れたとき、とろんとした目で香津美は篝を見つめていた。

「その表情、俺以外には見せないでよ」
「え、どれ?」

可奈子にも同じようなことを言われたが、自分では見えないので、どんな顔をしているのか、まったく想像できない。

「明日、大学まで迎えに行く。永青大学だよね」
「え、何?」
「家族に紹介するから。そのつもりで」
「そ、そんな急に」
「君の身内に会ったんだから、次は俺だ。普通だと思うが」
「で、でも・・こ、心の準備というものが・・」
「駄目だ。間を開けると君の気が変わってしまう」

既に引き返せないところまで来ていると思うが、どうやら篝はまだ香津美が怖じ気づいて「やっぱりなし」と言い出すのではと疑っているようだ。

「一応、君と俺は互いに一目惚れしたってことで。世間ではそう話そう。それから、契約書も作る。条件があったら言ってくれ」
「条件・・」

まださっきのキスでボーッとする頭を振り払って香津美は考えた。

「本当に私は何も用意しなくていいのですか?」
「ああ、俺は今、都心のマンションに住んでいる。祖父達とは別々だ。その方が色々都合がいいだろう」

それは香津美も同意する。同居などしたら、二人の結婚が離婚前提の契約婚だということがばれてしまう確率が高くなる。
離婚は決まっていることとは言え、それを周囲に知られるわけにはいかない。

「それから、仕事は続けます。出来れば今のまま、職場では来瀬で通したいと思います。出来るだけ結婚していることを周囲に知られたくありません」

最近結婚した職場の同僚に対し、周りがその熱々ぶりを聞き出そうと色々聞いていたことを思い出す。
行き過ぎた質問はセクハラになるだろうが、必要最低限聞かれたことには答えないと周りが納得しない。
結婚の次は「子どもはいつ?」という家族計画へと発展する。
でも香津美と彼の場合、それは永遠に来ない未来だった。

「わかった。マスコミには相手は一般人だから、名前や顔出しはNGだと発表する」
「本当に良いんですか?」

篝はきっとKagariホールディングスの御曹司としてマスコミに注目されているんだろうが、香津美は違う。
およそマスコミなんてものには無縁の生活をしてきた。
芸能人ではないので、それほど大々的に注目されてはいないだろうが、それでも有名人には違いない。

「出来ない約束はしない」
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