結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「初めまして、来瀬香津美と申します」
かつて体験したことの無いほど緊張して、香津美は頭を下げて挨拶した。
夕方五時半に勤務を終えると、大学から最寄り駅へ向かう途中で篝が待ち構えていた。
車から降りて、そわそわと大学の方を向いて立っている篝は、遠くからでも人目を引いた。
学生や構内で勤務する人や、通りを行き交う女性の殆どが彼を一度は振り返って見ていた。
目立たないようにと言っても、目立ってしまう。
今更ながら早まったかという考えが頭に浮かぶ。
芸能人でもないのにあの目立ちようなのだから。
「香津美さん」
それでも香津美を見つけて笑顔で手を振る篝を見て、ときめいてしまう。
何でこの人は私がいいと言うのだろう。
多分、他の人だと別れるのが大変だからなんだろう。期間限定の結婚をするなら私くらいがちょうどいい。
他に探すのも面倒だからというのもあるのだろう。花純のような人間だと贅沢に慣れていてお金をいっぱい浪費するだろうし、美人で色気があると別れるときに別れがたくなるから。
そう香津美は結論づけた。
そして連れてこられた篝の実家は、ぐるり高い塀に囲まれ、門だけでもどこかの宮殿かと思えるほど大きくて、車庫は車十台は置ける広さだった。
その一角に車を停めて玄関までの道のりを歩く。そろそろ暗くなってくるので玄関までの通路の両脇に点在するライトがぼんやりと点きかけている。
篝の実家は和モダンな風情の建物で、玄関は広い格子柄の引き戸になっている。レバーのような取っ手を持って、篝が中へ入った。
「ただいま」
広い玄関は吹き抜けになっていて、彼の声がよく響いた。
框の向こうにはガラスで囲われた枯山水のような空間がある。
「いらっしゃい」
そう言って、白のポロシャツにチェック柄のズボン、グレーになった髪をきれいになでつけた男性と、ふんわりとした巻き髪にセーラーっぽい襟のついた花柄のブラウス、ふくらはぎまでの長さのAラインスカートを履いた女性が奥から出てきた。
てっきりお手伝いさんが来ると思ってい香津美は、いきなりの対面に慌てて挨拶した。
「まあ、いらっしゃい。外は暑かったでしょ」
「和海の祖父の篝 光太郎です。こちらは妻の美幸です」
「こんばんは」
「こんばんは」
「さあ早くあがってちょうだい」
「はい、お、お邪魔します」
用意されたスリッパに履き替え、脱いだ靴を玄関の端に置く。普通ならその場で行えるが、玄関が広いので移動しなくてはならなかった。
「まあ、きちんとされているのね」
「祖母が、色々教えてくれました」
「まあ、おばあ様が、今でもご健在なのかしら」
「いえ、私が高校生の時に亡くなりました」
「まあ、それはお気の毒に」
「ありがとうございます」
暗に祖母を褒められたことが嬉しくてお礼を言った。
不動産会社を一から立ち上げた祖父とともに苦労を共にした祖母は、躾には厳しかった。たとえ学はなくてもマナーやエチケットを心得ていれば、人はきちんとした人だと思ってくれる。それが祖母の口癖だった。
花純などは祖母に小言を言われるのが嫌で、隙を見ては逃げだして出来るだけ関わらないようにしていた。
だが、香津美は母親がいなかったこともあり、祖母に懐いていた。
「あの、これ、つまらないものですけど。職場場でも評判のお菓子なんです」
ここへ来る途中、篝に言って寄ってもらった和菓子店で買ったお菓子を袋からだし、彼らの前に差し出した。
「あら、そんな気を使わなくても」
財閥の社長ならもっと良い物をもらったりしているだろうが、値段は少し気にしたが、香津美が美味しいと思う羊羹を買った。
「いいって言ったんだけど、彼女がどうしてもって言うから、受け取ってあげて」
横から篝が口添えしてくれる。こういうのは気持ちだからと最後には篝も納得してくれた。
「では、いただきますね。後で一緒にいただきましょう」
「さあさあ、早くこっちへ来て、食事の支度が出来ているから」
女二人のやりとりを横から見ていた光太郎が、妻の腰を引き寄せて奥へと連れて行く。
外国人ならよくあることかも知れないが、日本人でしかも彼らの年代でそんな風にエスコートするのを見て香津美は驚いた。
「仲がいいですよね」
篝が祖父と同じように香津美の腰に手を回してきた。
「え、ええ。驚きました」
「さすがにあからさまにイチャイチャはしませんが、椅子を引いたり、手を添えたり、祖母のためにお茶を入れたり、祖父は喜んでやっています」
「素敵ですね」
「そう思いますか? 人によってはいい歳をしてと気持ち悪く思うみたいですけど」
「お互いを思い合って大切にしているのが伝わります」
先に立って歩く篝の祖父母の背中を見て、香津美はうっとりとした。
かつて体験したことの無いほど緊張して、香津美は頭を下げて挨拶した。
夕方五時半に勤務を終えると、大学から最寄り駅へ向かう途中で篝が待ち構えていた。
車から降りて、そわそわと大学の方を向いて立っている篝は、遠くからでも人目を引いた。
学生や構内で勤務する人や、通りを行き交う女性の殆どが彼を一度は振り返って見ていた。
目立たないようにと言っても、目立ってしまう。
今更ながら早まったかという考えが頭に浮かぶ。
芸能人でもないのにあの目立ちようなのだから。
「香津美さん」
それでも香津美を見つけて笑顔で手を振る篝を見て、ときめいてしまう。
何でこの人は私がいいと言うのだろう。
多分、他の人だと別れるのが大変だからなんだろう。期間限定の結婚をするなら私くらいがちょうどいい。
他に探すのも面倒だからというのもあるのだろう。花純のような人間だと贅沢に慣れていてお金をいっぱい浪費するだろうし、美人で色気があると別れるときに別れがたくなるから。
そう香津美は結論づけた。
そして連れてこられた篝の実家は、ぐるり高い塀に囲まれ、門だけでもどこかの宮殿かと思えるほど大きくて、車庫は車十台は置ける広さだった。
その一角に車を停めて玄関までの道のりを歩く。そろそろ暗くなってくるので玄関までの通路の両脇に点在するライトがぼんやりと点きかけている。
篝の実家は和モダンな風情の建物で、玄関は広い格子柄の引き戸になっている。レバーのような取っ手を持って、篝が中へ入った。
「ただいま」
広い玄関は吹き抜けになっていて、彼の声がよく響いた。
框の向こうにはガラスで囲われた枯山水のような空間がある。
「いらっしゃい」
そう言って、白のポロシャツにチェック柄のズボン、グレーになった髪をきれいになでつけた男性と、ふんわりとした巻き髪にセーラーっぽい襟のついた花柄のブラウス、ふくらはぎまでの長さのAラインスカートを履いた女性が奥から出てきた。
てっきりお手伝いさんが来ると思ってい香津美は、いきなりの対面に慌てて挨拶した。
「まあ、いらっしゃい。外は暑かったでしょ」
「和海の祖父の篝 光太郎です。こちらは妻の美幸です」
「こんばんは」
「こんばんは」
「さあ早くあがってちょうだい」
「はい、お、お邪魔します」
用意されたスリッパに履き替え、脱いだ靴を玄関の端に置く。普通ならその場で行えるが、玄関が広いので移動しなくてはならなかった。
「まあ、きちんとされているのね」
「祖母が、色々教えてくれました」
「まあ、おばあ様が、今でもご健在なのかしら」
「いえ、私が高校生の時に亡くなりました」
「まあ、それはお気の毒に」
「ありがとうございます」
暗に祖母を褒められたことが嬉しくてお礼を言った。
不動産会社を一から立ち上げた祖父とともに苦労を共にした祖母は、躾には厳しかった。たとえ学はなくてもマナーやエチケットを心得ていれば、人はきちんとした人だと思ってくれる。それが祖母の口癖だった。
花純などは祖母に小言を言われるのが嫌で、隙を見ては逃げだして出来るだけ関わらないようにしていた。
だが、香津美は母親がいなかったこともあり、祖母に懐いていた。
「あの、これ、つまらないものですけど。職場場でも評判のお菓子なんです」
ここへ来る途中、篝に言って寄ってもらった和菓子店で買ったお菓子を袋からだし、彼らの前に差し出した。
「あら、そんな気を使わなくても」
財閥の社長ならもっと良い物をもらったりしているだろうが、値段は少し気にしたが、香津美が美味しいと思う羊羹を買った。
「いいって言ったんだけど、彼女がどうしてもって言うから、受け取ってあげて」
横から篝が口添えしてくれる。こういうのは気持ちだからと最後には篝も納得してくれた。
「では、いただきますね。後で一緒にいただきましょう」
「さあさあ、早くこっちへ来て、食事の支度が出来ているから」
女二人のやりとりを横から見ていた光太郎が、妻の腰を引き寄せて奥へと連れて行く。
外国人ならよくあることかも知れないが、日本人でしかも彼らの年代でそんな風にエスコートするのを見て香津美は驚いた。
「仲がいいですよね」
篝が祖父と同じように香津美の腰に手を回してきた。
「え、ええ。驚きました」
「さすがにあからさまにイチャイチャはしませんが、椅子を引いたり、手を添えたり、祖母のためにお茶を入れたり、祖父は喜んでやっています」
「素敵ですね」
「そう思いますか? 人によってはいい歳をしてと気持ち悪く思うみたいですけど」
「お互いを思い合って大切にしているのが伝わります」
先に立って歩く篝の祖父母の背中を見て、香津美はうっとりとした。