結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
用意されていた食事は意外にも洋食だった。
前菜は生のホタテのカルパッチョ。スープは冷たいコーンスープ。魚は鱈のムニエル。口直しのレモンのシャーベットの後は、タンシチュー、デザートだけが和風の香津美が差し入れした羊羹だった。奮発したので金箔入りなのが良かった。

「本当はアイスを用意していたのだけれど、せっかくだから」

羊羹と一緒に美幸が点てたお薄を頂いた。抹茶の苦みが羊羹で甘くなった口に合う。

「おじい様達がいつまでも元気なのは食生活のせいだろうな。普通その年でこんな食事はしないよ。胃腸が丈夫なんだろうね」

年を取ると普通はあっさりとした煮物や魚料理などを好む。だけど今夜の食事は何も香津美が来るからと言うだけでなく、いつものことらしい。

「別に毎日コース料理を食べていくわけじゃないさ。美幸が作る時はもっと少なめだ」
「あら光太郎さん、それは私が手抜きをしているとおっしゃりたいの?」
「いや、違う。君が作るのなら何でも美味しいよ。ただ普段は酒のつまみのようにちょっとずつ色々なものを食べていると言いたかった」
「それも大変なのよ。光太郎さん、舌が肥えていらっしゃるから」
「すまない」
「いつもこんな調子で言い合いになる。大抵祖父が負けるけど」

そんな二人の様子を見て篝が香津美に囁いた。

「そこ、聞こえたぞ。まだ耳は衰えていない。言っておくが私はわざと負けているんだ。来瀬さん、いや香津美さんと呼んでもいいかな。夫婦円満のこつは妻を立てること。どんなに理不尽でも君がただしいと認めて折れることだ」
「まあ、理不尽だなんて・・香津美さん、この人の言うことは信じちゃ駄目よ。和海のことも。うすっぺらい謝罪で謝ればいいと思っているのだから」
「うわ、こっちに火の粉が飛んできた」

財閥の社長夫人と聞いてどんなに怖い人たちだろうと思っていた香津美は、動作や話し方は上品でも、その中身は他愛ないことだと知りほっとした。

「それで、香津美さんは本当にこいつでいいのかな?」

ダイニングからリビングへと移動し、光太郎はブランデーをロックで飲み、美幸はハーブティ、篝と香津美はコーヒーを飲んでいた。帰りも香津美を送っていくからと彼はお酒を一滴も飲んでいない。

「おじい様、そんな言い方・・」
「こいつで充分、これまでのお前の女性遍歴を思えば、そうも言いたくなる」
「光太郎さん、そんなこと香津美さんの前で」
「あ、そうだな。すまなかった香津美さん」

つきあっていた女性の話など、聞かされて普通は気分がいいわけはないが、別に香津美は気にならなかった。
そこまで篝に気持ちがあるわけではないからだが、ここは彼に気持ちがあるように振る舞うべきだろう。

「構いません。その方達とのお付き合いがあって今のかが・・和海さんなのですから」

『篝さん』と言いかけて、ここには三人の篝がいることに気づいて言い直した。
隣の篝が体をピクリとさせたのがわかり、事前に話し合っておかなかったことを後悔した。
でも言ってしまったものは仕方ない。

「本当にそう言っていただけるなら嬉しいよ。身代わりでお見合いに来られたんですよね」
「おじい様、香津美は急病のいとこの代わりに」
「和海は黙っていなさい」

横から助け船を出そうとする篝を、光太郎はぴしゃりと制止する。その一喝は支配者の圧を感じた。
がなり立てるだけの叔父とは違う、本物の上に立つ者の迫力。

「は、はい。でも私は場所と時間を指定されただけで、お相手がどういう方か知らずに行ったんです」

それは本当のことなので、香津美は光太郎の目をまっすぐに見て答えた。

「和海を見てどう思った?」
「どう?」
「第一印象は?」

そう尋ねられ、彼をチラリと見て少し考える。

「えっと、事前にどのような方か聞かされていませんでしたので、きちんとスーツを着ていらっしゃる方だなと。あ、後、和海さんというお名前も、私の香津美という名前と響きが似ているなと思いました」

言ってから品の無い感想だと香津美は後悔した。きちんとスーツを着ているのはビジネスマンとして当たり前だし、名前の響きが似ているとかどうでもいい話だった。

「そうね。香津美さんと和海、ひと文字違いだし点があるかないかの違いね」

美幸が妙に感心して頷く。お笑いなら確実にスベッタという感想が当てはまるだろう。

「ハハ、和海、自慢のお前の顔もそのスーツに負けたようだな」
「おじい様、そんな、身も蓋もない」
「も、もちろん、ハンサムだと思いますよ。誰が見てもそう思うでしょう」

何もフォローになっていない。
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