結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
その後、急用が出来たと篝が言うので、送って行くと言うのを断り、一人で帰った。

「来瀬さん?」

地下鉄へ入口の階段を降りようとした時、声をかけられ振り向くと大原がいた。

「あ、大原…さん」
「偶然、驚いたな」

爽やかな笑顔を向けてくる。

「どこかへ行くところ?」
「いいえ、用が済んだので今から帰るところです」
「じゃあ、これから例の店に行きませんか? 少し早いからどこかでお茶をして」
「でも、大原さんも予定があるんじゃ…」

はっきり言って香津美は疲れていた。篝の一挙手一投足に翻弄され、アタフタしてばかりの自分が情けなくなる。もっと世慣れた女性なら、もっとスマートにやり込められるんだろうが、今ほど恋愛経験豊富な花純が羨ましいと思ったことはない。

「どうかした?」

黙っている香津美に問いかける。

「い、いえ…今から…ですよね。はい、大丈夫です」

大原との約束も一度断ってしまっているし、用は早く済ませた方が良いとも思った。

大原が提案したお店は石窯のあるイタリアンレストランで、バーカンターもあって二次会にはうってつけの店だった。

「ピザ・・ここではピッツァか、の皮も薄くて何枚でも食べられるんだ。トッピングの種類も豊富で、バイキング形式にしたら皆喜んでくれると思うよ。それに新婦もイタリアン、好きみたいだし」

確かに可奈子は卒業旅行にイタリアへ香津美と一緒に行ってから、嵌っている。

「いいですね」
「じゃあ、お店の人に話してくるよ。待ってて」

そう言って大原が店のオーナーに話しに行っている間、香津美は可奈子に二次会の店が決まったことを知らせようと携帯を出した。

「あ」

篝から何件もメールが来ていた。さっき別れたばかりなのに何の用だろう。

「お待たせ。予約取れたよ」

メールをチェックしようとして大原が戻ってきたため、携帯を閉じた。

「それで、ここからなんだけど・・」

大原がこれからのことを説明し、香津美はそれをメモしたりして役割分担を決めた。店は何度か二次会に使われたことがあるため、ウェルカムボードやケーキ入刀などの演出もしてくれるという。飾り付けも、お店の装飾を手がけた業者を紹介してくれるそうで、打ち合わせは二時間ほどかかった。

「来瀬さん、大学の事務員さんなんだよね」
「あ、はい。そうです」
「滝さんとは随分雰囲気が違うね」
「ああ、よく言われます。直感の滝、慎重派の来瀬って。迷いが無くて可奈子の直感ってすごく当たるんです。旦那さんもそれで決めちゃうんだから。でもお似合いですよね」
「慎重なのは悪いことじゃないけど、滝さんのように生きられたらかっこいいよね。柾はいい女性を見つけたよ」
「加奈子を奥さんに出来るなんて、幸せ者ですよ」
「僕もあやかりたいよ」

そう言って大原は熱い目で香津美を見つめてくる。

「き、きっと大原さんなら素敵な相手が見つかりますよ」
「そう思う? もしかしたら、もう出会っているかも。来瀬さんは?」
「さあ…大原さんほど交友関係は広くないので」

何だか怪しい雲行きになりつつある。まだ含ませ程度の会話だけど、ここで打ち切らないと正式に彼を振ってしまうことになる。

「あの、私・・」
「そろそろ帰ろうか」

香津美が何か言う前に、大原は席を立った。

「大原さん?」
「とりあえず、柾と滝さんの二次会、成功させよう」

からかわれただけなのかも。最近篝からのアプローチなどでちょっと過敏になりすぎているのかも知れない。

会計を済ませ、割り勘だと言う香津美の言葉を、大原は聞き入れてくれなかった。

「これから時々会うこともあるだろうから、今度コーヒーでも奢って」

表に出て、駅に向かっていると、香津美の携帯が鳴った。
そこには篝の名前が表示されている。

「誰? 出て良いよ」
「すみません。もしもし」
『ちゃんと帰れた?』
「いえ、その途中で知人に出会って、今はその人と食事をして帰るところです」
『え、じゃあまだ外なの?』
「はい、そうです」
『じゃあ、迎えに行くよ。どこにいるの?』
「いえ、大丈夫です。もう駅ですから」
『今日、途中で帰ってしまったから、もう少し一緒にいたかったのに』
「気にしないでください。平気です。お仕事の邪魔はしませんから」
『うんと言うまで電話するけど?』

それを聞いてふう~っと香津美はため息を吐いた。

「何?トラブル?」

電話の様子を聞いていて大原が尋ねた。

「いえ、そんなんじゃ・・」
『香津美さん、男といるの?』
「え?」

どうやら大原の声が聞こえたらしい。
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