結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
離婚が決まっている年の正月、光太郎達のところへ新年の挨拶に行った。
(これがこの人たちと過ごす最後のお正月になるのね)
お節とお雑煮をいただき、縁起物だからとお屠蘇を勧められ、珍しく香津美はそれを飲んだ。これが最後の正月だという変に感傷的な気持ちになったからかも知れない。
「お酒、弱いんだから無理しない方がいいよ」
和海は止めたが「いいじゃないか。孫のお嫁さんと正月にお屠蘇を酌み交わす。何が悪い」と光太郎が遮った。
年末に受けた検査で、美幸のその後の経過がすこぶる良かったことも、彼の気を明るくしていたのかも知れない。
純粋に美幸が病を克服したことに喜んでもいたが、もし美幸の病気の経過が悪いものだったら、香津美は彼女のことが気になって寝覚めの悪い気持ちを抱き、離婚に踏み切れなくなったかも知れない。
「香津美も、嫌なら断ったらいい。このじいさんに無理に付き合う必要はない」
呆れたように和海が言う。
「酷い孫だ。美幸聞いたか、和海はこの私をしつこいじじいだと思っているようだ」
「誰もそんなこと言っていません。まさか耳が遠くなったんですか。それとも被害妄想が酷くなったとか」
「和海。それは言い過ぎです」
家族だからの軽口だろうが、和海の発言を美幸が窘めた。
「おばあ様、和海さんは私のことを心配してくれているだけです。どうか怒らないでください」
「まあ、優しいわね香津美さん。こんな口の悪い子に育てた覚えはないんだけど。ごめんなさい」
「おじい様とおばあ様がタッグを組むなら、香津美が俺の味方をしてくれるのは当前です。夫婦なんですから」
「そんなことを言って、夫婦になったからと香津美さんのことを疎かに扱ったら、愛想を尽かされるぞ」
「わかっています。俺たちなりにやっています。喧嘩もしたことはありません。だから、心配しないでください。そうだね、香津美」
「え、ええ」
確かに結婚してからこれまで、喧嘩らしい喧嘩をしたことはない。和海が怒りにも似た感情を見せたのは、初めて結ばれた日のあの時くらいだ。
「喧嘩もない?」
「ええ」
「それは本当なの?」
「そうです」
二人揃って確認される。それをいいことだと思っている和海は堂々と頷いた。
光太郎と美幸は顔を見合わせ、訝しんだ。
「何です? 俺たちは・・」
「それは、香津美さんが気の毒だ。かなり無理をしているのではないか」
「え、あの・・」
同情するような視線を光太郎と美幸から向けられて、香津美は困った顔をして和海を見た。
「おじい様、どうしてそうなるのですか。喧嘩する必要がないくらい仲がいいと言うことでしょ」
その言葉に、再び二人は顔を見合わせ渋い顔をして首を横に振った。
「いいかい、和海。仕事で付き合う相手なら、相手がよっぽど理不尽だとしてもある程度は我慢する。怒りを顕にして少しでも声を荒げたら、相手とはそれまでだ。どこまで相手の意に沿うようにできるか。こちらにまるで落ち度がなくても、仕事を続けていくからには忍耐は必要だ」
「謝罪も同じ方法が通用することもない。相手に合った方法を探り、ピンチをチャンスに切り替え、より良い物に発展させる。そんなことはわかっています」
今更ビジネスの付き合いについて祖父から訓令を受けることなどない。和海は少し憤慨して答えた。
「同じ家族でも生まれたときから一緒にいるならまだしも、夫婦は違う。元々他人の二人が一緒になって、家族になる。ビジネスなら堪えることも、人と人の感情はマニュアル通りにはいかない。腹も立つこともある。それで喧嘩をしてもうまくやっていくように努力するところに、互いの絆が生まれる」
「私と光太郎さんだって、ここまで来るのに、それは喧嘩をたくさんしたわ。些細なことで言い合いになった。今思えばなんであの時喧嘩したのかと。喧嘩の原因すら思い出せない」
「それはおじい様達がそうだったからで・・」
「喧嘩をしない夫婦なんて、おかしいわ」
「え・・?」
美幸にきっぱりと言われ、和海が言葉を詰まらせた。
「喧嘩をしろと言っているのではないのよ。でも喧嘩しないなんて、どちらかが我慢をしているとしか考えられないわ」
「別に・・俺たちは・・でも、どうして香津美が無理をしているということになるのですか。夫婦なら俺も・・」
「お前が我慢するような人間とは思えない。特に女性関係では今まで衝突することなく、さっさと捨ててきたのだろうが」
「あなた、香津美さんの前で、和海の昔の話を言うなんて」
「あ、そ、そうか・・すまなかったな」
「いえ、大丈夫です。私は何も我慢していませんからね」
彼らに誤解させたままでは悪いと、香津美は何の我慢もしていないと訴えた。
(これがこの人たちと過ごす最後のお正月になるのね)
お節とお雑煮をいただき、縁起物だからとお屠蘇を勧められ、珍しく香津美はそれを飲んだ。これが最後の正月だという変に感傷的な気持ちになったからかも知れない。
「お酒、弱いんだから無理しない方がいいよ」
和海は止めたが「いいじゃないか。孫のお嫁さんと正月にお屠蘇を酌み交わす。何が悪い」と光太郎が遮った。
年末に受けた検査で、美幸のその後の経過がすこぶる良かったことも、彼の気を明るくしていたのかも知れない。
純粋に美幸が病を克服したことに喜んでもいたが、もし美幸の病気の経過が悪いものだったら、香津美は彼女のことが気になって寝覚めの悪い気持ちを抱き、離婚に踏み切れなくなったかも知れない。
「香津美も、嫌なら断ったらいい。このじいさんに無理に付き合う必要はない」
呆れたように和海が言う。
「酷い孫だ。美幸聞いたか、和海はこの私をしつこいじじいだと思っているようだ」
「誰もそんなこと言っていません。まさか耳が遠くなったんですか。それとも被害妄想が酷くなったとか」
「和海。それは言い過ぎです」
家族だからの軽口だろうが、和海の発言を美幸が窘めた。
「おばあ様、和海さんは私のことを心配してくれているだけです。どうか怒らないでください」
「まあ、優しいわね香津美さん。こんな口の悪い子に育てた覚えはないんだけど。ごめんなさい」
「おじい様とおばあ様がタッグを組むなら、香津美が俺の味方をしてくれるのは当前です。夫婦なんですから」
「そんなことを言って、夫婦になったからと香津美さんのことを疎かに扱ったら、愛想を尽かされるぞ」
「わかっています。俺たちなりにやっています。喧嘩もしたことはありません。だから、心配しないでください。そうだね、香津美」
「え、ええ」
確かに結婚してからこれまで、喧嘩らしい喧嘩をしたことはない。和海が怒りにも似た感情を見せたのは、初めて結ばれた日のあの時くらいだ。
「喧嘩もない?」
「ええ」
「それは本当なの?」
「そうです」
二人揃って確認される。それをいいことだと思っている和海は堂々と頷いた。
光太郎と美幸は顔を見合わせ、訝しんだ。
「何です? 俺たちは・・」
「それは、香津美さんが気の毒だ。かなり無理をしているのではないか」
「え、あの・・」
同情するような視線を光太郎と美幸から向けられて、香津美は困った顔をして和海を見た。
「おじい様、どうしてそうなるのですか。喧嘩する必要がないくらい仲がいいと言うことでしょ」
その言葉に、再び二人は顔を見合わせ渋い顔をして首を横に振った。
「いいかい、和海。仕事で付き合う相手なら、相手がよっぽど理不尽だとしてもある程度は我慢する。怒りを顕にして少しでも声を荒げたら、相手とはそれまでだ。どこまで相手の意に沿うようにできるか。こちらにまるで落ち度がなくても、仕事を続けていくからには忍耐は必要だ」
「謝罪も同じ方法が通用することもない。相手に合った方法を探り、ピンチをチャンスに切り替え、より良い物に発展させる。そんなことはわかっています」
今更ビジネスの付き合いについて祖父から訓令を受けることなどない。和海は少し憤慨して答えた。
「同じ家族でも生まれたときから一緒にいるならまだしも、夫婦は違う。元々他人の二人が一緒になって、家族になる。ビジネスなら堪えることも、人と人の感情はマニュアル通りにはいかない。腹も立つこともある。それで喧嘩をしてもうまくやっていくように努力するところに、互いの絆が生まれる」
「私と光太郎さんだって、ここまで来るのに、それは喧嘩をたくさんしたわ。些細なことで言い合いになった。今思えばなんであの時喧嘩したのかと。喧嘩の原因すら思い出せない」
「それはおじい様達がそうだったからで・・」
「喧嘩をしない夫婦なんて、おかしいわ」
「え・・?」
美幸にきっぱりと言われ、和海が言葉を詰まらせた。
「喧嘩をしろと言っているのではないのよ。でも喧嘩しないなんて、どちらかが我慢をしているとしか考えられないわ」
「別に・・俺たちは・・でも、どうして香津美が無理をしているということになるのですか。夫婦なら俺も・・」
「お前が我慢するような人間とは思えない。特に女性関係では今まで衝突することなく、さっさと捨ててきたのだろうが」
「あなた、香津美さんの前で、和海の昔の話を言うなんて」
「あ、そ、そうか・・すまなかったな」
「いえ、大丈夫です。私は何も我慢していませんからね」
彼らに誤解させたままでは悪いと、香津美は何の我慢もしていないと訴えた。