結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「来瀬さん?」
店を出たところで呼び止められて振り返った。
「大原・・さん」
噂をすれば影というが、さっき可奈子との話題に出ていた大原弘毅がそこにいて驚いた。
「偶然だね。三年ぶり? 元気だった?」
「え、ええ」
「時々立花から様子を聞いていたけど、偶然会えるなんて」
「そうね」
「一人?」
そう尋ねられて、さっきまで可奈子といて、子どもが泣き出したので慌てて帰ったと正直に答えた。
「そうなんだ。じゃあ、これから時間があるなら食事一緒にどうかな」
「え、あの・・」
予定より早く可奈子が帰ったと言った手前、時間がないとは言えない。
可奈子はあんなことを言っていたが、はっきり大原から好意を伝えられたことがないので、誤解しないでほしいとも言えない。
少し悩んだが、当たり障りの無い個室の無いカフェに、二人で入った。
「ちょっと電話してきていい?」
「どうぞ」
席に案内されてすぐに大原が席を立ち、香津美はメニューを見ながら彼を待った。
その時、香津美の電話が震えた。
着信は和海からだった。時計を見ると時刻は午後五時を少し回ったところ。こんな時間に?そう思いながら通話にスライドした。
「はい」
『香津美、今どこ?』
「え? あの、今日は可奈子と会うって」
『じゃあ、まだ立花さんと会っているの?』
そう尋ねられて何て答えて良いかと悩んだ。可奈子と別れて一人でいると言った方がいいだろうか。
「あの、和海さんー」
「ごめん、香津美さん、お待たせ」
そこへ大原が戻ってきて、香津美の名前を呼んだ。
「あ、」
絶対に今の声は電話の向こうの和海に聞こえた筈だ。
『香津美、今の誰? 可奈子さんじゃないよね』
思った通り和海が誰といるのかと問いかけてくる。
「あの、可奈子と別れて、偶然、知り合いに会って・・」
『知り合いって?』
「その・・可奈子との結婚式の時に知り合った・・」
『大原という男じゃないよね?』
なぜか和海は大原のことを憶えていた。三年前から一度も会っていなかったし、香津美も彼のことを話題にしたこともなかった。今日可奈子から名前を聞くまで、気に掛けてもいなかった。
なのに彼といる時に和海から電話が掛かってくるなんて。
『香津美?』
「えっと、その大原さんと一緒。偶然可奈子と別れた後に会ったの」
『偶然?』
「そう、偶然」
『本当に?』
本当のことだが、和海の口調からそれを信じていないのがわかった。
冷房の効いた店内で、冷や汗が流れる。
可奈子との約束を誤魔化して大原と会っていたとは思わないまでも、申し合わせていたと思われているのではないだろうか。
『篝取締役、お時間です』
和海の電話の向こうから秘書の大原の声が聞こえた。
『ああ、少し待ってくれ』
帰ったら話そう。そう言って和海は電話を切った。
「通話終了」の画面を香津美は呆然と見つめる。
「香津美さん?」
そんな香津美に大原が声を掛ける。
「どうして・・」
「え?」
「どうして名前・・いきなり下の名前で呼ぶなんて」
さっきまで「来瀬さん」だったのに、なぜ急に下の名前で親しく呼ぶのか。
「あ、ごめん。来瀬さんって呼んだけど、結婚して何て名前になったか思い出せなくて、それでつい」
そう言われれば、それ以上彼を責めることはできなかった。
「ごめんなさい、私、帰ります」
震える手でバッグを持って、香津美は呼び止める大原の声を背中に慌てて家に戻った。
自分の軽率な行動に腹が立つ。本当の夫婦なら誤解だと説明すれば関係も修復できるかもしれないが、生憎香津美と和海はそうではない。
これで終わりかも知れない。香津美は覚悟を決めて家へと戻った。
店を出たところで呼び止められて振り返った。
「大原・・さん」
噂をすれば影というが、さっき可奈子との話題に出ていた大原弘毅がそこにいて驚いた。
「偶然だね。三年ぶり? 元気だった?」
「え、ええ」
「時々立花から様子を聞いていたけど、偶然会えるなんて」
「そうね」
「一人?」
そう尋ねられて、さっきまで可奈子といて、子どもが泣き出したので慌てて帰ったと正直に答えた。
「そうなんだ。じゃあ、これから時間があるなら食事一緒にどうかな」
「え、あの・・」
予定より早く可奈子が帰ったと言った手前、時間がないとは言えない。
可奈子はあんなことを言っていたが、はっきり大原から好意を伝えられたことがないので、誤解しないでほしいとも言えない。
少し悩んだが、当たり障りの無い個室の無いカフェに、二人で入った。
「ちょっと電話してきていい?」
「どうぞ」
席に案内されてすぐに大原が席を立ち、香津美はメニューを見ながら彼を待った。
その時、香津美の電話が震えた。
着信は和海からだった。時計を見ると時刻は午後五時を少し回ったところ。こんな時間に?そう思いながら通話にスライドした。
「はい」
『香津美、今どこ?』
「え? あの、今日は可奈子と会うって」
『じゃあ、まだ立花さんと会っているの?』
そう尋ねられて何て答えて良いかと悩んだ。可奈子と別れて一人でいると言った方がいいだろうか。
「あの、和海さんー」
「ごめん、香津美さん、お待たせ」
そこへ大原が戻ってきて、香津美の名前を呼んだ。
「あ、」
絶対に今の声は電話の向こうの和海に聞こえた筈だ。
『香津美、今の誰? 可奈子さんじゃないよね』
思った通り和海が誰といるのかと問いかけてくる。
「あの、可奈子と別れて、偶然、知り合いに会って・・」
『知り合いって?』
「その・・可奈子との結婚式の時に知り合った・・」
『大原という男じゃないよね?』
なぜか和海は大原のことを憶えていた。三年前から一度も会っていなかったし、香津美も彼のことを話題にしたこともなかった。今日可奈子から名前を聞くまで、気に掛けてもいなかった。
なのに彼といる時に和海から電話が掛かってくるなんて。
『香津美?』
「えっと、その大原さんと一緒。偶然可奈子と別れた後に会ったの」
『偶然?』
「そう、偶然」
『本当に?』
本当のことだが、和海の口調からそれを信じていないのがわかった。
冷房の効いた店内で、冷や汗が流れる。
可奈子との約束を誤魔化して大原と会っていたとは思わないまでも、申し合わせていたと思われているのではないだろうか。
『篝取締役、お時間です』
和海の電話の向こうから秘書の大原の声が聞こえた。
『ああ、少し待ってくれ』
帰ったら話そう。そう言って和海は電話を切った。
「通話終了」の画面を香津美は呆然と見つめる。
「香津美さん?」
そんな香津美に大原が声を掛ける。
「どうして・・」
「え?」
「どうして名前・・いきなり下の名前で呼ぶなんて」
さっきまで「来瀬さん」だったのに、なぜ急に下の名前で親しく呼ぶのか。
「あ、ごめん。来瀬さんって呼んだけど、結婚して何て名前になったか思い出せなくて、それでつい」
そう言われれば、それ以上彼を責めることはできなかった。
「ごめんなさい、私、帰ります」
震える手でバッグを持って、香津美は呼び止める大原の声を背中に慌てて家に戻った。
自分の軽率な行動に腹が立つ。本当の夫婦なら誤解だと説明すれば関係も修復できるかもしれないが、生憎香津美と和海はそうではない。
これで終わりかも知れない。香津美は覚悟を決めて家へと戻った。