結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
まるで有罪判決を待つ被疑者のように、まんじりともせず香津美は和海の帰りを待った。
大丈夫、話せば解ってくれる。共に過ごした三年の月日は無駄では無い。
自分は何ら和海を裏切るようなことはしていないのだから。
香津美が急いで帰宅したのが午後五時半頃。
それから夕食も取らず、ただ和海の帰りを待ち続けた。
だが、すぐにでも帰ってくると思っていた和海が帰ってきたのは午後十時を過ぎた頃だった。
「お、お帰りなさい」
玄関に彼を出迎えると、そこに大原麻紀子ともう一人男性が和海を支えて立っていた。
「こんばんは、奥様」
夜でも完璧な化粧をしている彼女は、帰宅してから一度も化粧直ししていない香津美を見てほくそ笑む。
「お、大原さん」
「さ、篝専務、ご自宅に着きましたよ」
そう大原が声をかけると、俯いていた和海が顔を上げて香津美を見た。かなり酔っているのかその目はトロンとしている。
「大原君、ありがとう」
「いいえ、これも秘書の勤めですから」
「あ!」
ふらりと体が傾いた和海に香津美が慌てて駆け寄る。大原も「専務」と言って脇に腕を差し入れた。
香津美はすんでの所で間に合わず、大原と男が和海の体を支える。
「森田さん、ありがとうございます。中へ連れて行ってもらえませんか」
香津美が何か言う前に、大原が森田という男性に指示を出す。
香津美が慌てて和海の靴を脱がそうと手を出したが、それより早く大原が靴を脱がす。
「寝室はこちらですね」
なぜ間取りを知っているのか。彼女は運転手を従え、寝室の扉を開いた。
「ありがとうございます。後は私が面倒を見ます。お二人はお引き取りください」
なぜか彼女が寝室にいることが許せず、さっさと追い出したかった。
「さようですか。では、専務、私はこれで失礼いたしますわ」
甘ったるい声で和海の耳元で大原が囁く。
「ああ、すまない」
ベッドに仰向けになり、大原と運転手の男性に和海が礼を言った。
「奥様」
大原が香津美の方を見る。
「あまり専務を追い詰めないでください。お仕事だけでも大変ですのに、お家で奥様がきちんと支えて差し上げていただきませんと」
「追い詰める?」
「ええ、専務がお可哀想ですわ。懸命にお仕事をされているのに、奥様は外で別の男性と会っているだなんて」
「あ、あなたに関係ありません」
まるで自分が不貞を働いたかのように言われ、香津美はかっとなった。和海に責められるならまだしも、他人に言われたくはない。
「秘書は万全を期して仕事をサポートするのが勤めです。でもプライベートで満たされておられないと、仕事にも支障が出るというものですわ」
「お心遣い感謝します。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。どうか後は任せてお引き取りください」
もう一度香津美が言うと、大原は満足げに微笑み、ではまた明日と言って森田と出て行った。
「み、水・・大原君」
和海は大原の名を呼び、水を求める。家に帰ったと気づいていないのだろう。香津美でなく彼女の名前を呼んだことに、彼の中での己の位置が、彼女より下にあることを悟らされた。
胸が痛むのを堪え、香津美は冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきた。
「起きられますか?」
そう声をかけると上半身をゆっくりと起こす。キャップを開けて渡すと、それを自分でごくごくと飲んだ。
「香津美?」
水を飲んで少し落ち着いたのか、辺りを見回して最後に香津美を見た。
「お帰りなさい。随分お酒をお飲みになったのね」
接待だとは思うが、彼の帰りをひたすら待ち続けていたのがばからしさを通り越して情けなくなる。
「大原さんと森田さんという方が、ここまで送ってきてくれました」
「大原君? ああ、そうか」
「お仕事でしたの?」
「そう・・いや、まあ、そんなところだ」
どちらかわからない受け答えをする。はっきり仕事だと言わないのは、他に理由があるのだろうか。
「今夜はもうお休みなられては?」
「いや、香津美、さっきのこと、話をしよう」
酔いはまだ残っているようだったが、和海はしっかりとした眼差しで香津美を見つめてきた。
大丈夫、話せば解ってくれる。共に過ごした三年の月日は無駄では無い。
自分は何ら和海を裏切るようなことはしていないのだから。
香津美が急いで帰宅したのが午後五時半頃。
それから夕食も取らず、ただ和海の帰りを待ち続けた。
だが、すぐにでも帰ってくると思っていた和海が帰ってきたのは午後十時を過ぎた頃だった。
「お、お帰りなさい」
玄関に彼を出迎えると、そこに大原麻紀子ともう一人男性が和海を支えて立っていた。
「こんばんは、奥様」
夜でも完璧な化粧をしている彼女は、帰宅してから一度も化粧直ししていない香津美を見てほくそ笑む。
「お、大原さん」
「さ、篝専務、ご自宅に着きましたよ」
そう大原が声をかけると、俯いていた和海が顔を上げて香津美を見た。かなり酔っているのかその目はトロンとしている。
「大原君、ありがとう」
「いいえ、これも秘書の勤めですから」
「あ!」
ふらりと体が傾いた和海に香津美が慌てて駆け寄る。大原も「専務」と言って脇に腕を差し入れた。
香津美はすんでの所で間に合わず、大原と男が和海の体を支える。
「森田さん、ありがとうございます。中へ連れて行ってもらえませんか」
香津美が何か言う前に、大原が森田という男性に指示を出す。
香津美が慌てて和海の靴を脱がそうと手を出したが、それより早く大原が靴を脱がす。
「寝室はこちらですね」
なぜ間取りを知っているのか。彼女は運転手を従え、寝室の扉を開いた。
「ありがとうございます。後は私が面倒を見ます。お二人はお引き取りください」
なぜか彼女が寝室にいることが許せず、さっさと追い出したかった。
「さようですか。では、専務、私はこれで失礼いたしますわ」
甘ったるい声で和海の耳元で大原が囁く。
「ああ、すまない」
ベッドに仰向けになり、大原と運転手の男性に和海が礼を言った。
「奥様」
大原が香津美の方を見る。
「あまり専務を追い詰めないでください。お仕事だけでも大変ですのに、お家で奥様がきちんと支えて差し上げていただきませんと」
「追い詰める?」
「ええ、専務がお可哀想ですわ。懸命にお仕事をされているのに、奥様は外で別の男性と会っているだなんて」
「あ、あなたに関係ありません」
まるで自分が不貞を働いたかのように言われ、香津美はかっとなった。和海に責められるならまだしも、他人に言われたくはない。
「秘書は万全を期して仕事をサポートするのが勤めです。でもプライベートで満たされておられないと、仕事にも支障が出るというものですわ」
「お心遣い感謝します。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます。どうか後は任せてお引き取りください」
もう一度香津美が言うと、大原は満足げに微笑み、ではまた明日と言って森田と出て行った。
「み、水・・大原君」
和海は大原の名を呼び、水を求める。家に帰ったと気づいていないのだろう。香津美でなく彼女の名前を呼んだことに、彼の中での己の位置が、彼女より下にあることを悟らされた。
胸が痛むのを堪え、香津美は冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきた。
「起きられますか?」
そう声をかけると上半身をゆっくりと起こす。キャップを開けて渡すと、それを自分でごくごくと飲んだ。
「香津美?」
水を飲んで少し落ち着いたのか、辺りを見回して最後に香津美を見た。
「お帰りなさい。随分お酒をお飲みになったのね」
接待だとは思うが、彼の帰りをひたすら待ち続けていたのがばからしさを通り越して情けなくなる。
「大原さんと森田さんという方が、ここまで送ってきてくれました」
「大原君? ああ、そうか」
「お仕事でしたの?」
「そう・・いや、まあ、そんなところだ」
どちらかわからない受け答えをする。はっきり仕事だと言わないのは、他に理由があるのだろうか。
「今夜はもうお休みなられては?」
「いや、香津美、さっきのこと、話をしよう」
酔いはまだ残っているようだったが、和海はしっかりとした眼差しで香津美を見つめてきた。