結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
信号が青になり、車が再び走り出した。
「あ、あの、篝さん、何を・・・」
「見合いと言っても、私は第一印象で生理的に受け入れられないと思わなければ、すぐに結婚を考えようと思っていました」
「は?」
見合いと言っても、気に入らなければ断るという選択肢は残っている。なのに彼は、生理的に好きか嫌いか、嫌いでなければ会う前から結婚を視野に入れていたという、とんでもないことを言ってきた。しかも、本当の見合い相手でなく、代わりに来た香津美で良いと言う。
「あの、結婚ってそう簡単に決めるものでは」
さっきから殆ど「あの」しか言っていない気がする。それでもこの茶番を終わらせないと、とんでもないことになると本能で思った。
「ええ、ですが、私にも事情がありまして、だからお見合いをすることにしたのです」
「事情?」
ただ結婚したいとか、そういうことではない含みがある。
「気になりますか?」
「いえ、結構です。私には関係ないことですから」
聞いてしまったら深みに嵌ってしまいそうな気がして、全力で否定した。
「私は今常務取締役なんですが、専務取締役になる条件が、結婚することなんです」
「だから、結構ですって・・」
断ったのにさらりと言われ、涙目になって文句を言った。結婚が昇進の条件だなんて、今の時代にもあるのだと思った。
「この見合いも祖父が勝手に決めたんです」
「おじいさま?」
「ええ、今の我が社の取締役社長です。実は祖母が癌になりまして」
「え!」
突然の思い話に驚いた。
「大丈夫です。幸い発見が早く、手術をすればよくなるそうです。五年再発や他に転移がなければ安泰です」
「そうですか」
会ったことが無い人だけど、軽くて良かったと安堵した。
「ただ、これを機に先のことを考えて、彼女の持ち株を孫に譲ると決めたのですが、その条件が結婚することなのです。孫がいつまでも結婚せずふらふらとしているので、業を煮やしたみたいです」
「お父様は」
「私が大学生の時に亡くなりました」
「え・・あ、それはお気の毒でした」
自分も父を亡くしているので、彼もそうだと聞いて親近感が湧いた。
「ありがとう。でもこの前十七回忌も済んたので、父のことは時折思い出すくらいです。母も最初は落ち込んでいましたが、今は独身を謳歌しています」
香津美の父も彼女が十五歳の時に亡くなり、すでに十年経っていたた。香津美が十八歳の時に亡くなった祖母の七回忌はおととし、身内だけで行ったものの、来瀬の家では誰も父の法要のことなど気にしてくれないため、一人で寺に頼んでお経を上げてもらった。
そうこうするうちに目的地に着いたのだろう。車が閑静な佇まいの建物の前に停まった。
「お待ちしておりました、篝様」
「やあ、女将、遅れて申し訳ない」
車から降りると車の前まで着物を着た中年の女性が近寄ってきた。
「いつもご贔屓いただきありがとうございます。ご用意は出来ております」
二人のやりとりをじっと見ていると、ガチャリと助手席のドアが開いて、スーツに半被を着た男性が「どうぞ」と降りるのを促した。
「あ、ありがとうございます」
鞄を持って降りると「こちらへ」と案内されてついていった。
玄関に行くのかと思ったら、そのまま庭の方へと歩いて行き、離れの建物へと案内された。
「ありがとう」
「ごゆっくりとおくつろぎください」
靴を脱いで框をあがり、靴を端に置く。ついでに篝の靴も同じように並べた。先に上がった篝に続いて襖を潜ると、綺麗な池のある庭が一望できる座敷があった。
机の上には竹で編んだ籠に小鉢に入った八寸が乗せられ、お造りや煮物、炊き込みご飯の入った重箱が乗っていた。
「綺麗」
思わずお腹が鳴ったのを誤魔化し声を出す。
「気に入ってくれたら良かった。ここは祖父の代から贔屓にしていて、少々の無理を聞いてくれる」
スーツの上着を脱いで、近くのハンガーに吊して、出入り口に近い側に篝は胡座をかいて座った。
「君もどうぞ」
前の座椅子を手で示され、仕方なくそこに座った。
「寒かったら言って、私はちょうどいいけど、女性は寒がりでしょ?」
まるで自分の家のように篝は寛いで見える。とかく流されがちな香津美は、目の前の料理を無駄にするのももったいないと、食事は付き合おうと思い直した。
「あの、夕方には約束があるので、これを食べたら帰りますね。タクシーを呼んでもらえば自分で帰りますから」
都心から少し離れた場所だったので、歩いてバスや電車で帰るのは大変そうだ。最寄りの駅までタクシーを呼んでもらった帰ろう。
「デート?」
なぜか厳しい声でそう尋ねられ、一瞬怯んだ。本当の見合い相手ならそれも失礼だが、香津美に特定の相手がいようと彼には関係ないはずだ。
「いえ、高校時代の友人が今度結婚するので、食事を約束していて」
言い訳のように本当のことを話す。
「そう、でもタクシーなんて呼ばなくても私が送っていきますよ」
「いえ、あなたにそこまでしていただくのは」
「とにかく、冷めないうちに食事をいただきましょう」
おしぼりで手を拭いて、篝が机の端にあったポットと取り上げる。それから香津美の分もガラスのコップに美しい緑色の液体を注ぐ。
「ありがとうございます」
「いえ、これくらい。自分の分のついでですから」
女性にお茶を注がせたりする男性だと思っていたので、篝のその行動に少し驚いた。
「あ、あの、篝さん、何を・・・」
「見合いと言っても、私は第一印象で生理的に受け入れられないと思わなければ、すぐに結婚を考えようと思っていました」
「は?」
見合いと言っても、気に入らなければ断るという選択肢は残っている。なのに彼は、生理的に好きか嫌いか、嫌いでなければ会う前から結婚を視野に入れていたという、とんでもないことを言ってきた。しかも、本当の見合い相手でなく、代わりに来た香津美で良いと言う。
「あの、結婚ってそう簡単に決めるものでは」
さっきから殆ど「あの」しか言っていない気がする。それでもこの茶番を終わらせないと、とんでもないことになると本能で思った。
「ええ、ですが、私にも事情がありまして、だからお見合いをすることにしたのです」
「事情?」
ただ結婚したいとか、そういうことではない含みがある。
「気になりますか?」
「いえ、結構です。私には関係ないことですから」
聞いてしまったら深みに嵌ってしまいそうな気がして、全力で否定した。
「私は今常務取締役なんですが、専務取締役になる条件が、結婚することなんです」
「だから、結構ですって・・」
断ったのにさらりと言われ、涙目になって文句を言った。結婚が昇進の条件だなんて、今の時代にもあるのだと思った。
「この見合いも祖父が勝手に決めたんです」
「おじいさま?」
「ええ、今の我が社の取締役社長です。実は祖母が癌になりまして」
「え!」
突然の思い話に驚いた。
「大丈夫です。幸い発見が早く、手術をすればよくなるそうです。五年再発や他に転移がなければ安泰です」
「そうですか」
会ったことが無い人だけど、軽くて良かったと安堵した。
「ただ、これを機に先のことを考えて、彼女の持ち株を孫に譲ると決めたのですが、その条件が結婚することなのです。孫がいつまでも結婚せずふらふらとしているので、業を煮やしたみたいです」
「お父様は」
「私が大学生の時に亡くなりました」
「え・・あ、それはお気の毒でした」
自分も父を亡くしているので、彼もそうだと聞いて親近感が湧いた。
「ありがとう。でもこの前十七回忌も済んたので、父のことは時折思い出すくらいです。母も最初は落ち込んでいましたが、今は独身を謳歌しています」
香津美の父も彼女が十五歳の時に亡くなり、すでに十年経っていたた。香津美が十八歳の時に亡くなった祖母の七回忌はおととし、身内だけで行ったものの、来瀬の家では誰も父の法要のことなど気にしてくれないため、一人で寺に頼んでお経を上げてもらった。
そうこうするうちに目的地に着いたのだろう。車が閑静な佇まいの建物の前に停まった。
「お待ちしておりました、篝様」
「やあ、女将、遅れて申し訳ない」
車から降りると車の前まで着物を着た中年の女性が近寄ってきた。
「いつもご贔屓いただきありがとうございます。ご用意は出来ております」
二人のやりとりをじっと見ていると、ガチャリと助手席のドアが開いて、スーツに半被を着た男性が「どうぞ」と降りるのを促した。
「あ、ありがとうございます」
鞄を持って降りると「こちらへ」と案内されてついていった。
玄関に行くのかと思ったら、そのまま庭の方へと歩いて行き、離れの建物へと案内された。
「ありがとう」
「ごゆっくりとおくつろぎください」
靴を脱いで框をあがり、靴を端に置く。ついでに篝の靴も同じように並べた。先に上がった篝に続いて襖を潜ると、綺麗な池のある庭が一望できる座敷があった。
机の上には竹で編んだ籠に小鉢に入った八寸が乗せられ、お造りや煮物、炊き込みご飯の入った重箱が乗っていた。
「綺麗」
思わずお腹が鳴ったのを誤魔化し声を出す。
「気に入ってくれたら良かった。ここは祖父の代から贔屓にしていて、少々の無理を聞いてくれる」
スーツの上着を脱いで、近くのハンガーに吊して、出入り口に近い側に篝は胡座をかいて座った。
「君もどうぞ」
前の座椅子を手で示され、仕方なくそこに座った。
「寒かったら言って、私はちょうどいいけど、女性は寒がりでしょ?」
まるで自分の家のように篝は寛いで見える。とかく流されがちな香津美は、目の前の料理を無駄にするのももったいないと、食事は付き合おうと思い直した。
「あの、夕方には約束があるので、これを食べたら帰りますね。タクシーを呼んでもらえば自分で帰りますから」
都心から少し離れた場所だったので、歩いてバスや電車で帰るのは大変そうだ。最寄りの駅までタクシーを呼んでもらった帰ろう。
「デート?」
なぜか厳しい声でそう尋ねられ、一瞬怯んだ。本当の見合い相手ならそれも失礼だが、香津美に特定の相手がいようと彼には関係ないはずだ。
「いえ、高校時代の友人が今度結婚するので、食事を約束していて」
言い訳のように本当のことを話す。
「そう、でもタクシーなんて呼ばなくても私が送っていきますよ」
「いえ、あなたにそこまでしていただくのは」
「とにかく、冷めないうちに食事をいただきましょう」
おしぼりで手を拭いて、篝が机の端にあったポットと取り上げる。それから香津美の分もガラスのコップに美しい緑色の液体を注ぐ。
「ありがとうございます」
「いえ、これくらい。自分の分のついでですから」
女性にお茶を注がせたりする男性だと思っていたので、篝のその行動に少し驚いた。