結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
食事はどれも美味しかった。冬瓜蒸しにナスの翡翠和え、鱧の湯引きなどの小鉢から、だし巻き卵にはウナギが入っている。鮎の塩焼きも上品な塩加減で、炊き込みご飯はトウモロコシだった。
「ごちそうさまでした」
水菓子の桃と葡萄まで食べきって、箸置きに箸を置いて、香津美は篝にお礼を言った。
先に食べ終わっていた篝は、座椅子に背を預けてお茶を飲みながら、奈津美が食べ終わるのを待っていた。
「どういたしまして、美味しかったみたいだね」
すべて綺麗に食べ、鮎の骨くらいしか残っていない香津美のお皿を見て、篝は満足そうに言った。
「はい」
両手で茶器を持って頷く。
「それで、話の続きだけど・・」
「ストップ」
これ以上は聞かないと心に決め、言いかけた篝に手を突き出して止めた。
「貴方に事情があるように、私にも事情があります。そもそもこの話はあなたのおじいさまと叔父が、孫のあなたと娘の花純を引き合わせるために計画したものですから、そこに私を巻き込まないでいただけますか」
代理で来た時点で巻き込まれているが、香津美が関われるのはここまでだ。
「お食事は、遅刻のお詫びにいただいておきますが、あなたと私のお付き合いはここまでです。この後はどうか当事者同士で話し合ってください」
花純の代わりに篝とのお見合いに出かけていったことを叔父が知ったら、どんな大事になるかと香津美は恐ろしかった。
叔父が昔から父に対して対抗心を持っていることは何となく肌で感じていた。祖父母も、特に祖母は自分似た容姿で跡取りとして長男の父を溺愛していて、無骨な祖父に似た叔父のことはそれほど構っていなかった。加えて花純が愛嬌はあるが勉強はからっきしで、香津美に一歩も二歩も及ばないことを妬ましく思っているのだ。
恐らくKagariホールディングスとの繋がりを得たくて、今回娘の花純を篝の祖父に売り込んだのだろうが、娘の花純は親の心子知らずで、顔はいいがそれ以外誠意も財力も誠実さもない、所謂ダメンズに夢中になっている。
思い通りにいかない上に、香津美がのこのこお見合いに出かけていき、相手は香津美でもいいと言われ、花純のための縁談をぶち壊したことがわかったら、烈火のごとく怒るだろう。
「つれないな。いとこの代わりにお見合いに来たくらいに優しいなら、俺の話も聞いてくれないと」
私から俺に一人称が変わってきている。ここまでは半ば強引にすすめられていたが、今度は香津美の同情を煽るつもりなのだろうか。
「お見合いは失敗だった。一生を決めることなのですから、合わなかったと言えば、納得していただけるのでは? ハンサムだし、背も高いしスタイルも良い、お金持ちだし、女性を気遣われる思いやりもある。すぐに見つかりますよ。あなたならぜひお見合いしたいという女性がすぐに列をつくって押し寄せてくるでしょう」
「それは褒め言葉かな」
褒めすぎたかなと思いながら、そこまでスペックが高いと褒めれば悪い気はしないだろう。
「そこまで俺は気に入ってくれているなら、奈津美さんがお嫁さんになってよ」
「な!」
いきなり下の名前で名を呼ばれ動揺する。そんな香津美の反応を見て篝はほくそ笑んだ。
花純なら「ふん」と気にも留めないだろう。でも香津美はこういうことに慣れていないので動揺を隠せない。
二人きりで静かな料亭の離れにいるのも息苦しく感じる。
「と、とにかく、お見合いはあなたから断ってください。できれば私が代わりに来たことは黙っていただければ・・」
「そんな嘘をついて俺に何の得が? 君が結婚を承諾してくれるなら協力しないでもないけどね」
「だから・・」
これ以上話していても目の前の男とは一生話が通じることはないだろう。
「結婚できなり理由でもあるのかな?」
「別に・・理由なんて」
「じゃあ、いいじゃない。それに、ずっとってわけじゃないしね」
「え?」
会った時から彼の発言には色々驚かされてきたが、その発言も香津美を充分驚かせた。
「祖母の株を俺が譲渡できたら、それで契約は半分達成。後は俺が常務取締役から専務取締役に昇進したら契約終了」
そこまで内部事情を私が聞いていいものか不安になる。背後を絶たれ、蜘蛛の糸に絡め取られているような気持ちになっていく。
「俺が結婚することが株の譲渡の条件だけど、本当の目的は専務取締役になることだ。俺は自分がその地位に就く能力も実績も充分あると思っている。だから結婚してその地位に就いたら、今よりもっと権限が与えられてグループを大きくしていく自信はある。五年、いや三年で結果を出してみせる。そうなったら離婚していい。君の貴重な時間をもらうわけだから、結婚している間も手当は払うし、離婚後はまとまったお金を渡すと約束するよ」
「別に私は、お金は・・」
「そうだろうけど、あって困るものでもないだろ?」
そう言われて、香津美は自分の夢を思い出した。小さい頃から庭いじりが好きで、いつかイギリスの地を巡り評判のイングリッシュガーデンを見て回りたいと思っていた。既に通信講座で資格は取得したくらいだ。国内で有名なところは近場からいくつか巡ったが、本場の庭も見てみたかった。
「ごちそうさまでした」
水菓子の桃と葡萄まで食べきって、箸置きに箸を置いて、香津美は篝にお礼を言った。
先に食べ終わっていた篝は、座椅子に背を預けてお茶を飲みながら、奈津美が食べ終わるのを待っていた。
「どういたしまして、美味しかったみたいだね」
すべて綺麗に食べ、鮎の骨くらいしか残っていない香津美のお皿を見て、篝は満足そうに言った。
「はい」
両手で茶器を持って頷く。
「それで、話の続きだけど・・」
「ストップ」
これ以上は聞かないと心に決め、言いかけた篝に手を突き出して止めた。
「貴方に事情があるように、私にも事情があります。そもそもこの話はあなたのおじいさまと叔父が、孫のあなたと娘の花純を引き合わせるために計画したものですから、そこに私を巻き込まないでいただけますか」
代理で来た時点で巻き込まれているが、香津美が関われるのはここまでだ。
「お食事は、遅刻のお詫びにいただいておきますが、あなたと私のお付き合いはここまでです。この後はどうか当事者同士で話し合ってください」
花純の代わりに篝とのお見合いに出かけていったことを叔父が知ったら、どんな大事になるかと香津美は恐ろしかった。
叔父が昔から父に対して対抗心を持っていることは何となく肌で感じていた。祖父母も、特に祖母は自分似た容姿で跡取りとして長男の父を溺愛していて、無骨な祖父に似た叔父のことはそれほど構っていなかった。加えて花純が愛嬌はあるが勉強はからっきしで、香津美に一歩も二歩も及ばないことを妬ましく思っているのだ。
恐らくKagariホールディングスとの繋がりを得たくて、今回娘の花純を篝の祖父に売り込んだのだろうが、娘の花純は親の心子知らずで、顔はいいがそれ以外誠意も財力も誠実さもない、所謂ダメンズに夢中になっている。
思い通りにいかない上に、香津美がのこのこお見合いに出かけていき、相手は香津美でもいいと言われ、花純のための縁談をぶち壊したことがわかったら、烈火のごとく怒るだろう。
「つれないな。いとこの代わりにお見合いに来たくらいに優しいなら、俺の話も聞いてくれないと」
私から俺に一人称が変わってきている。ここまでは半ば強引にすすめられていたが、今度は香津美の同情を煽るつもりなのだろうか。
「お見合いは失敗だった。一生を決めることなのですから、合わなかったと言えば、納得していただけるのでは? ハンサムだし、背も高いしスタイルも良い、お金持ちだし、女性を気遣われる思いやりもある。すぐに見つかりますよ。あなたならぜひお見合いしたいという女性がすぐに列をつくって押し寄せてくるでしょう」
「それは褒め言葉かな」
褒めすぎたかなと思いながら、そこまでスペックが高いと褒めれば悪い気はしないだろう。
「そこまで俺は気に入ってくれているなら、奈津美さんがお嫁さんになってよ」
「な!」
いきなり下の名前で名を呼ばれ動揺する。そんな香津美の反応を見て篝はほくそ笑んだ。
花純なら「ふん」と気にも留めないだろう。でも香津美はこういうことに慣れていないので動揺を隠せない。
二人きりで静かな料亭の離れにいるのも息苦しく感じる。
「と、とにかく、お見合いはあなたから断ってください。できれば私が代わりに来たことは黙っていただければ・・」
「そんな嘘をついて俺に何の得が? 君が結婚を承諾してくれるなら協力しないでもないけどね」
「だから・・」
これ以上話していても目の前の男とは一生話が通じることはないだろう。
「結婚できなり理由でもあるのかな?」
「別に・・理由なんて」
「じゃあ、いいじゃない。それに、ずっとってわけじゃないしね」
「え?」
会った時から彼の発言には色々驚かされてきたが、その発言も香津美を充分驚かせた。
「祖母の株を俺が譲渡できたら、それで契約は半分達成。後は俺が常務取締役から専務取締役に昇進したら契約終了」
そこまで内部事情を私が聞いていいものか不安になる。背後を絶たれ、蜘蛛の糸に絡め取られているような気持ちになっていく。
「俺が結婚することが株の譲渡の条件だけど、本当の目的は専務取締役になることだ。俺は自分がその地位に就く能力も実績も充分あると思っている。だから結婚してその地位に就いたら、今よりもっと権限が与えられてグループを大きくしていく自信はある。五年、いや三年で結果を出してみせる。そうなったら離婚していい。君の貴重な時間をもらうわけだから、結婚している間も手当は払うし、離婚後はまとまったお金を渡すと約束するよ」
「別に私は、お金は・・」
「そうだろうけど、あって困るものでもないだろ?」
そう言われて、香津美は自分の夢を思い出した。小さい頃から庭いじりが好きで、いつかイギリスの地を巡り評判のイングリッシュガーデンを見て回りたいと思っていた。既に通信講座で資格は取得したくらいだ。国内で有名なところは近場からいくつか巡ったが、本場の庭も見てみたかった。