甘い災厄







    ◇

 質問したいことはあった。三つくらい。けれどやっぱり、恥ずかしくて言えない。

「あ……朝ご飯、食べに行くぞ」

振りきるようにして言い、そいつから背中を向けると、まつりは「なになにー?」 と愉快そうに聞いてきた。

「そういやお前、誕生日だよな、7月か8月くらいの時期」

「うん」

「欲しいものとか、ある?」

ベッドから起きて部屋を出ようとしたら、シャツを掴まれた。

「こら。シャワー浴びて」
「はい……」

恥ずかしい。

「一人で出来る? 手伝ってあげようか?」

無視して部屋に戻り、着ていたシャツを脱ぎ捨てる。さて、まずはお湯を……と、ドアを閉める間際、まつりの声がした。

「夏々都は愛されているよ」
「え?」

「気が付かないかもしれないけれど、ちゃんと、愛されている」

ばたん。
ドアを閉めて、言葉の意味を考える。
なぜか胸が痛くなった。動悸も早い。
言葉を聞いただけで、こんな風になっていたら、たぶん異常だ。これは本格的に病気かもしれない。どうしよう。怖い……
「そんなわけが、無いだろ。何を言ってるんだ」

お湯を出して、それからボディソープを泡立てながら、まつりのことを考えた。
ぼくがまつりを好きで居ても、まつりには関係がない。
まつりがぼくを慈しんでくれたって、ぼくの意思とは関係がない。

「母、さん」

ぽつ、と言葉が溢れた。
「父、さん……」

苦しい。

『夏々都が、大好きだよ――』

苦しい。苦しい。苦しい。
「……ぼ、くは、どうしたい?」

何か受け取らなければ、ならないかのような。

「渡されても、使い方がわからない」

お湯で汚れを洗い流す。だいぶさっぱりした。
思い出したときに、一旦離れて欲しいと頼んだのだけどまつりがなかなか離れてくれなかったため、チョコレートは取り出す頃にはどろどろだった。ちなみにその後、あいつは、途中からぼくに塗って遊んでいたりした。
シャワーを浴びて部屋に戻ると、ふいに、あのひとを思い出した。

 彼女は、あの部屋に居ただろうか。熱を出して動かないぼくを、どんな想いで見守ったのだろう。白いシャツと、まばゆい金髪を見る度に、ぼくは、生きていることと、死を、同時に実感する。そして、苦しい。

「……」

着替えを忘れたからそのまま戻ると、まつりが、ないてる? と聞いてきた。
「泣いて、ない」

「何か怖いことがあったんだね、大丈夫?」

「な、泣いてないったら」
「夏々都くん」

心配そうなそいつに引き寄せられる。肩に顎を乗せて抱きついてみる。

「服は着よう」

「……」

恥ずかしい。


着替えて荷物を片付け、片手に紙袋や鍵を持ちながらぼくらは部屋を出た。

















その後は、含みのありそうな笑顔とともに、フロントの人に見送られた。
歩きながら、楽しかったなと思った。

「なぁ、まつり」

「んー?」

「……あの、さ」

「うん」

隣を歩くまつりはのんきそうで、なんだか悔しい。ぼくは、原因不明の動悸におそわれて大変なのに。
「やめようと思ったんだ」
「何を」

「……ぼくは、クラスの人も好きだ」

「うん」

「植物も、動物も好き」
「うん」

なのに、まつりのことも好きだなんてかなりの浮気者じゃないかとそう思うのだけど、だからこそ誠実に伝えておかないとならない。
でも、苦しい。心に重たい石が乗ったみたい。
ふしだらだね、とそれでもまつりは、たぶん、許してくれるけれど。

「まつりのことも、すき?」

言われて、どきん、と心臓が痛くなる。罪悪感だ。
「……でも、これはいけないことなんだろう?」
動物や植物を見ていても、楽しくてドキドキする。コウカさんといても、楽しい。

「好き、は、ひとつじゃないと、だめなんだと思う。なのに」

「あぁ、それに悩んでいたの?」

「どれも一番なくらい好き……」

顔が赤くなる。
あつい。なんでだろう。まだ夏は来ていないはずだが。

「いいよ」

「え?」

「みんな好きで構わない。この国の法律も、植物や動物と沢山付き合っても、不倫にはならない。
あ。でも人間はだめ。
一番ってのを、選びたい生き物だから」

「そうなの?」

初めて聞いた。
けれど、少し安心する。好きなものが沢山あっても、人型でなかったら、完全な浮気にはならない?しかしロボットとかは、どうなんだろうか。難しい。

「ちなみに、きみが言った、知っているとかわかるというのは、好きだと言われたときの答えではないみたい」

「えっ、嘘っ。てっきり、知っていて欲しいだけかと」

初めて聞いた。

「ふーんわかった以外に感情がないでしょ」

「ない……」

わかったよと言えば
『そっか、わかってもらえたんだ!』
と、喜んでくれるとばかり思っていた。

「どうして、冷たいと言われたかわかった?」

「うん。どうすれば、いいの?」

「笑顔を見せてあげて。それから、ありがとうって、言うんだよ」

「なんで?」

「あぁ! きょとんとしないで、無駄に可愛い」
「は、はぁ……」

ええっと。
お土産を抱えながら、実行に移ってみる。

「あり、がと……う」

しかし、笑えない。
笑うことができない。
むしろ、なんだか、苦しくて、泣きそうになった。
なぜだろう。

「笑顔、できない」

「え、どうしたの?」

「何? これ……苦しい……苦しい、怖い」

顔が青ざめてくる。
呼吸が早くなる。
意識、が――――

ぎゅう、と抱き締められる。
「……っ」
「そんな、泣きそうにしないの」

まつりの服に顔を埋めながら呼吸を繰り返す。
苦しい。痛い。怖い。

「居なくならないで」

「え?」

「いやだ……やだっ」

『この子は人間関係の記憶を――』

『安定しないのよ』

「いや……」

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