甘い災厄
「だから……」
どき、どき、と胸が痛い。
「なんだろ?」
よくわからない。
でも、いなくなることを考えたら生きていけないのはまつりだけだった。そいつのそばは、居心地がいい。
「まつりのこと……好き?」
「うん」
「居ないと生きられない?」
「うん」
「とても好き?」
「うん」
泣きそうになって、またしがみつく。まつりは、よしよしと背中を撫でていた。
「行かないでよ、ずっと」
「だから、どうしたの、まつりは、どこもいかないよ?」
「い、やだ……」
「何を恐れてるのか、わからないな」
「考えずにいたかったのに……気付きたくなかったのに」
しがみついているぼくを、しばらく眺めていたまつりは、やがて、抱き抱えた。
「よいしょ。止めないでと言ったでしょ?
きみには、やりたいことがあるんだよね。それは誰のもとに居ても、見つからないって、やっとわかったんだよね」
「でも!」
寂しい。
「もー。その日が来たら、蹴ってでも追い出すからね?」
「うん……」
孤独と、ちゃんと向き合わなければ。
「あり、が、と、う」
うまく笑えないから、曖昧にはにかんでみる。
胸が痛い。苦しい。
これが出来ないから、冷たいと言われたのなら、こんなの、誰から教わるんだろうか。
周りは誰から聞いて、知っているんだろう?
もっと早く、教われるものが欲しかったと思った。
養ってもらえるからだ。好きとか嫌いとかじゃない。出来てしまったから、仕方がないんだ。
だから。
だから――――
人は、好きじゃなくても他人を愛する。
大嫌いでも、他人は愛する。
好きであっても、傷つける。
大好きでも、粉々にしたくなる。
だから。
どの意味かも、わからないのに喜んでいいのだろうか。
言った途端に、不安になる。怖い……
もしかして、ありがとうを言わせるためだった?
だったら、ありがとうと言えと言われたら言ったんだけどな。
気持ちがわからない。
まったくわからない。
「人の気持ちに判断なんて出来ないよ」
「きみが、嬉しいなって思えば、言えばいいんだよ」
まつりは困った顔をする。
「わからないよ。信じる基準なんてない……友達には言うけど、それは社交辞令だろ?」
「いや、うーん……目に見えないからね、難しいよね、感情は。言葉や目付きだけじゃ、うまく判断出来ないときあるもんね。前に何かで読んだな。親に身体を舐めてもらって育つネズミさんと、そうじゃない子が居てね、前者の方が、ストレスを受け止める物質? がきちんと分泌されるんだとかなんとかって。うろ覚えだけど」
「成長には、結構、必要なことがあるんだね」
「そうだよ。きみは昔、どこが壁でどこが床かも曖昧だっただろう?」
「うん……」
何度かぶつかったり、転んだりして、それからは何となく学んだ。
「もっと早く、気付いてあげられたら」
まつりは寂しそうにする。なんだろう?
「人間らしさを得るには、案外沢山のことが必要だ。けれど、まつりは、今のきみも昔と代わりなく大事に思っている」
どきん、と心臓がうるさくなる。なんだろう。
なんだか、こわい、けど、耐えられなくも無い。
「いままで、いろいろ怖かったよね」
「……うん?」
「食べるのも、何をするのも恐怖を抱えていたきみを、知っているよ」
まつりが、救急箱を遠くに置いてくれても、なかなか触れなかった。
食べて良いよ、と渡されたお菓子も最初は触れなかった。
けれど、まつりはそれを甘えていると責めたり、無理矢理取らせたりはしなかった。
日常生活を普通に送ることは、案外大変なことで、ようやくぼくも慣れてきた。
「今は、たくさん食べられるようになったね。抱き締めても怖がらなくなった。きみが知ることは、周りにもっと甘えていいということじゃないかな」
「……周りが怖がらないことを、怖がったら悪い子なのか」
「夏々都?」
お話の世界じゃないのだから、相手が100パーセントで愛してくれることを望むだなんて、いつも良い顔をしていてもらえなきゃ許せないだなんて、
「他人は裏と表としか、考えることのない人もいるね。でもね、裏と表は本来繋がっているものだ。どちらかを分けるなんておかしい」
ぎゅ、と抱きつく。
わかっている。
まつりのことも――――ぼくはどこか、信じてなかった。
だから、裏切られても、許せない、なんて別に思わないだろう。
マジか、くらいには思うかもしれないけど、こいつが選ぶことすべて、ぼくは尊重したいくらいに。自分を投げ打てるくらいに依存している。
まつりだけは。
だから。