ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

もしかして?

 窓にかかるカーテン越しに、薄っすらと青白い月の明かりが見え、壁にある蛍石が室内を仄かに照らす。
 少し離れた背中から、互いの緊張が感じられた。

「……窮屈ではないか?」

 少し掠れた様な低く優しい声でシリル様が話す。

「はい、大丈夫です」
「……寒くはないか?」
「はい、寒くはありません」

 私に気遣い、ベッドの端に体を寄せているシリル様。離れているけれど、彼の体温は高いのか背中の方は、ほんのりと暖かく感じる。

 ……いくら結婚相手とはいえ、私達はまだ会って間もない。それに彼にとっては、不本意な結婚相手でしかない。モリーさんは仲良くなる為に、と言ったけれど、シリル様は私と同じベッドに入る事は嫌だったんじゃないかな。

『触らない』という言葉も取り消してくれて、昨日はすまないと謝ってくれた。けれど……
 彼はラビー様が好き、その気持ちは簡単には変わらない……と思う。

 残念ながらシリル様の想い人であるラビー様は、ルシファ様を好きだけど……。

 あっ! 

 私はラビー様に言われていた事を思い出し、シリル様に声をかけた。

「そう言えば、ラビー様が」
「ラビー⁈ ラビーにも会ったのか⁈ 」

 驚いた声に振り向くと、彼は上半身を起こし、慌てた顔で私を見下ろしていた。
 黄金の目が、薄暗い部屋の中で光って見え、ドキリとする。

「は、はい。結婚式の事で、朝から来られました」
「あ、そうだ、そうだった。それで、ラビーはなんと?」

 ラビー様の名前を出した途端、慌てるシリル様を見て、なぜかチクリと胸が傷んだ。
 
(シリル様はまだラビー様が好きなんだ。
……ごめんなさい。私があなたの結婚相手になってしまったばかりに)


 またすぐに、シリル様は背を向けて横になった。
 私も彼に背を向けて話を続ける。

「ドレスの事と、番のリングを決める様にと言われました」
「ああ、知らせは受けている。ドレスは新しく作ることにした」
「えっ、作るんですか?」
「ああ……(あんな古い物、エリザベートには似合わない)」

 当たり前の様に彼はドレスを作ると言った。

「ありがとうございます」

 ハズレの結婚相手に、一度しか着ることのないドレスを作ってくれるなんて思わなかった。

「番のリングは……君の好きにしたらいい、任せる。俺は何でもいい」
「はい、分かりました」

 番のリングは興味がない、という事なのかな?
 ……心に染まぬ結婚だもの、シリル様にはどうでもいい事なのかも知れない。


 好きにしたらいい……どんなのがいいだろう。
 私はアクセサリーをつけた事がないから、どんな物でもいい。
 折角ならシリル様に似合う物がいいな。
 ネックレス? 指輪?

 美形な彼には、何でも似合うと思うけど。
 彼の長い指に似合う、指輪がいいかな?

 
 彼は不本意だろうけど、シリル様が結婚相手でよかった。
 彼にとってはハズレの私だけど、私にとってシリル様は大当たりです。

 最初は怖かったけど、その後はずっと優しい。
(たぶん私の為)爪も切ってくれて、朝ご飯も一緒に食べてくれて、恋人じゃないのに、恋人達が行く所へ連れて行ってくれて、昨日は悪かったと謝ってくれた。

 本当に優しい人。


「シリル様……」
「……なんだ?」

「クジ引き……ハズレの私で、ごめんなさい……」
「……は? ハズレって、そんなことは……確かにクジ引きで決まったが、俺は」

「シリル様は、ラビー様が好きなんでしょう? なのに私が結婚相手になってしまって……本当にごめんなさい」
「そ、それは……いや、前の話だ。君が謝る必要はない。それに今は、ラビーの事はなんとも思っていない。そもそも俺の思い込みで、好きになっていたような気がしただけで、元より兄妹の様な存在だ、それ以上にはならない。それにラビーからルシファを好きだと聞いた、だから……その」

 ……本当?
 兄妹のような存在?
 今は好きじゃない?

「俺はき」
「で……でも私は!」
 そう言いかけて声をのんだ。

「エリザベート?」
 
 急に大きな声を出し、何かを言いかけて黙ってしまった私を、不審に思ったシリル様が声を落とした。


 薄暗い部屋の中、2人きりの空間がそんな気持ちにさせたんだと思う。

 胸の内をすべて言ってしまいたい。そう思ってしまった。

 ラビー様を兄妹だと言ったシリル様に、安堵してしまった事。
 それから、私は本当にハズレだと、王女とは名ばかりで、名前だってエリザベートではないと言うこと。
 本当の名前はリラだと、いずれあなたを裏切ってリフテス王国に帰る、そんな酷い女なのだと……。

 でも、それがリフテス王と私が交わした約束。
 私はメリーナを助ける為に、それだけの為にここに来ている。


 全てを言ってしまったら……。

 やはり『人』は嫌いだと、私を追い出すだろう。
 そうなったら、私にはもうメリーナを助けられない。

 子供さえ作ればいいと最初は思っていたけど、誰でもいいなんて私には出来ない。


 ……言えない。
 言って嫌われたくない


「エリザベート……?」

(違うの……リラ……リラです。シリル様)

 私は……。


 背中に伝わるシリル様の体温が、私を優しく包み込む。
 目を瞑って考えていた私は、疲れていたのか落ちる様に眠ってしまった。







 スゥスゥと寝息が聞こえる。

「……エリザベート……? 眠ったのか?」

 急に静かになった背に声をかけたが、返事はなく小さな寝息だけが聞こえた。

(初めての馬に乗って、疲れていたのかもしれない……)

 シリルは、それまで彼女に不快な思いをさせてはいけないと、尻尾を挟んでいた足の力を抜いた。


(やはり聞こえない……)


 彼女の心の声は、側に居ると聞こえるのだと思っていたが、一緒に馬に乗った時も、同じベッドに横になっている今も聞こえない。

 昨夜と今朝、それから弟達が来ていた時の声、あれは空耳だったのか?
 いや、それはないだろう。
 一度ではなかったんだ……。


 ふうっ、とシリルは息を吐いた。
 昨夜は酔っていて、彼女が寝ていると気づかずにベッドに入ったが、今夜はモリーから一緒に寝るようにと言われたのだ。
 彼女が嫌がるだろうと言うと、大丈夫だとなんの根拠もない返事が返ってきた。

 案の定、ベッドの前で彼女は固まっていた。
俺に気づき、緊張した面持ちで笑みを浮かべたエリザベート。それなのに俺は……彼女の純白の寝間着姿は、まるで妖精の様に可愛くて、捕まえて口づけをしてしまいと考えてしまった。
 いや、今だって振り向いて抱きしめてしまいたい衝動に駆られている。

 どうせ結婚するのだから、そう思ってしまった。
(……俺はなんて男だ、これではただの獣ではないか……)
 まだ会って二日しか経っていない。その上、心が伴わない決められた結婚だ……。
 俺はリフテス王国が降伏をしたマフガルド王国の王子だ。彼女は、俺がする事はたとえ嫌だと思っていても拒む事は出来ないだろう。

 そんな風に無理に事を進めたくはない。
出来るなら、互いに思い合って愛のある結婚をしたい。
 しかし、式までは、あとひと月程だ。

(俺は、好きになってもらえるだろうか……)


 シリルは、はぁ、とため息を吐き、目に掛かる髪を掻き上げる。


 今日……馬に乗る為、風が強くて仕方なかったとはいえ……抱きしめてしまった。
 それも思い切り……。
 嫌がってはいなかった……と思う。

 告白の丘、王国の恋人達が必ず行くという場所……女性と行ったのは初めてだった。

 次はもっと天気の良い時に、花の咲く頃に連れて行こう。
 それとも満天の星空がいいだろうか、空が茜色に染まる黄昏時の方が女性は好きかもしれない。一面の雪景色も捨てがたいが、彼女には寒すぎるだろう……。

 背後に眠る彼女が気になり、すっかり目が醒めてしまっているシリルは、眠る事は諦めて、いろいろと思いを巡らせていた。


 その時、エリザベートの小さな寝言が聞こえてきた。

「……メ………ナ……………」
(メ……ナ……………ど……)

「はっ?」

 微かだがエリザベートの寝言と共に、心の声も聞こえてくる。

……メ……ナ……ど? メイナード⁈

 そっと振り向き彼女を見れば、エリザベートはこちらを向いて寝ている。
 指先が少しだけシリルの尻尾に触れていた。

 ……? ……まさか⁈

「うんんっ」

 その時エリザベートがシリルの尻尾をギュッと抱き抱えた。
(暖かい……)

 ……聞こえる、ハッキリと彼女の声がする。
 尻尾……⁈

(好き……)

「うわっ!」
 
 思わず声を上げたシリルは、慌てて口を結んだ。
体には鳥肌が立ち、全神経は尻尾に集中してしまう。
 シリルの尻尾を抱くエリザベートはスヤスヤと寝ている。

(子供を……)

 子供? メイナードとの子供が欲しいというのか⁈

「エリザベート……まさか」

 メイナードに惚れた?

 あり得ない話ではない。

 メイナードは麗しい兎獣人だ。性格は軽く、節操もないが、物腰は柔らかく優しい話し方から女性にモテる。彼の子供を欲しいと言う者も多かった。
実際には、まだ一人も子供は作ってはいないが( たぶん)そういう相手は多い、そして手も早い。
 確かに子供を持つなら、見目の良い子供がいいのだろう。

 だが、エリザベート、君は俺の……。

「か……たす…から……メ……ナ」
(必ず、助けるから……メリーナ)

 ーーーー?
 ハッキリと聞こえた彼女の声。

「なんだ……?」

 助ける? メリーナとは誰だ?


(キス……シリル様の牙、痛くないかな)

 先程とは全く違う心の声にシリルは「ぶっ」と吹き出し、これ以上ない程顔を赤くした。

「牙は……痛くはないと思う……たぶん」

 あぁ……俺は何を答えてるんだ!
 エリザベートの心の声に応えてしまった自分が恥ずかしい。

 邪念を払うように頭を振っていると、次に聞こえてきた彼女の心の声は、シリルが思っても見ないことだった。

(子供を……………………………)

 シリルは途端に表情を曇らせた。
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