ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

メリーナ

 馬と荷物は、城の側にあった空き家に待機させておく。
 そこにはシリル様が、他の者が侵入出来ないように防御魔法をかけた。


 私は山賊の少女にもらった紙に、メリーナと書き入れフッと息を吹きかけた。
 もう一枚の紙の蝶にも同じように吹きかける。

 紙の蝶は、ある一定の距離に相手がいると飛び立つが、それ以上に離れていたり、近くにいない場合は飛ばないのだと少女から聞いていた。


 …………パタ、パタパタパタッ


 二枚の紙の蝶は弱い光を放ちながら羽ばたきだし、同じ方向へと飛んで行く。

 私達は周りを確かめながら、蝶について行った。


 蝶は、城の裏側にある鉄格子の扉をすり抜けていく。その扉には頑丈な鍵が掛けられていた。


「俺が開ける」

 シリル様の指先が鍵に触れると、カチャリと簡単に鍵が開く。

「シリルにはどんな鍵も効果ないのよ、解放の魔法が使えるから」

 感心していた私に、ラビー姉様が小声で教えてくれた。


 中に入ると地下へと続く階段がある。
 ただ、その先は真っ暗で私には何も見えない。

「リラ、抱いてもいいか?」
「えっ!」

 ーーーー抱く⁈

 突然シリル様に言われて驚きのあまり声を上げてしまった。


「ぶふっ、シリルその言い方は変だよ」

 メイナード様が口を押さえて笑いを堪えている。
 ルシファ様はなんともし難い顔をして、ラビー姉様は、ここじゃダメよと笑いながら言う。

 シリル様は真っ赤な顔をして首を横に振り、慌てて言い直した。

「い、いや、そうじゃない違う、抱くとは……その見えないだろうから、俺が抱き抱えて行こうと思って」

 そのシリル様の様子を見たメイナード様は、肩を揺らしていた。

「分かってるわよ、シリル。でもね階段を抱き抱えて行く事は危ないわ。リラにも見えるように、私が少しだけ明るくしてあげる」

 ラビー姉様が指をクルクル回すと、階段に小さな明かりが灯る。

「見える?」
「はい、ありがとうございます」

 私は小さな明かりを頼りに、前を歩くシリル様に付いて下りていく。

 階段を下りきった先でシリル様が振り返った。

「リラ、ここからは俺と手を繋いでくれないか? 明かりはない方がいい。見たくない物が見えてしまう」

「……はい」

(……見たくない物って……?)

 ラビー姉様が最後の明かりを消すと、途端に辺りは真っ暗になった。

 シリル様と手を繋ぎ、闇の中を薄らと光を帯びる蝶の後を追って行く。


 常にカサカサと言う音や、シュルッと言う音が聞こえてくるが、気にしないようにした。

「ちょっと、嫌だわ。私の大嫌いな……がいる」

 ラビー姉様が後ろでボソボソと話をしている。
(……うっ、ラビー姉様の大嫌いな物って何?)



 紙の蝶は二枚とも、同じ方へ飛んでいく。右や左にクネクネと曲がり、迷路のような地下道を飛んで行く。

「変だな、見張りが一人もいない……」

 不安そうに話すルシファ様。

「ここにいる生き物が見張りの代わりなんだろう」
シリル様がボソリと言った。

「そうだね、僕のお陰で近づけないみたいだけど~」

 メイナード様は明るく話す。

「近づけないって、どういうことですか?」

 私が尋ねると、シリル様が教えてくれた。

「メイナードは毒のある物を寄せ付けないんだ。生まれつき備わっている加護の様なものらしい」

「……すごい」

 だからメイナード様は、いつもキラキラ輝いて見えるのかしら?

 でも……シリル様。それって、今ここには毒を持った生き物がいる、という事ですよね?

 それも、見ない方がいいほど……たくさん?

 タイミングよく(⁈)カサカサと音がする。

 自分が一番苦手な生き物を想像してしまい、シリル様の腕にしっかりとしがみついた。

「リラ……あの、そんなにくっ付くと……いろいろ当たる……」

 シリル様が何かゴニョゴニョと言っていたけれど、それよりも見えない生き物の方が怖くて私はずっと腕にしがみ付いたまま進んだ。



 しばらく進むと、一羽の紙の蝶がパタと止まった。
 もう一つは、もう少し先まで飛んで止まっている。


 そこは小さな蝋燭の明かりが灯る牢屋。
 鍵の掛かった鉄格子の扉を、シリル様が開けてくれた。

 ギィーッと鈍い音を立て開く扉。


「誰?」

 部屋の奥から、私のよく知る声が聞こえてきた。

「メリーナ……私よ」
「リラ⁈ リラなの?」

 暗闇の中から歩み寄る人影。
 それは、別れた時と変わらない姿のメリーナだった。

「メリーナ!」

 シリル様の手を離し、メリーナに駆け寄り抱きしめた。

「リラ、リラ」

 メリーナも力強く私を抱きしめる。

「メリーナ、助けに来たの。あのね私」

 私が話をしようと体を離すと、メリーナは一緒に来ていたシリル様達の方へ目を凝らしていた。

「……シリル?」
「え?」

 メリーナがシリル様の名前を呼んだ。

「メリーナ、シリル様を知っているの?」

 私がそう聞くと、メリーナは微笑んで頷く。
 どうして? 私が尋ねようとした時

「レオノーラ様……?」

 シリル様の驚いた声に振り向くと、シリル様とルシファ様は目を丸くして、ラビー姉様とメイナード様は口をポカンと開けメリーナを見ている。

「みなさん、どうしたんですか? そんなに驚いた顔をして……」

 ラビー姉様が一歩、メリーナに近づく。
 確かめるように、メイナード様も近づいてきた。

「お母様? じゃないわよね」
「そっくりだ……」

 メリーナはそんな二人を見て笑みを浮かべた。

「そんな顔をするほど、あなた方のお母様に似ているの?」

 ラビー姉様とメイナード様はコクコクと頷いた。

「メリーナ、あのね……」

 私は簡単にここまで来た経緯を話した。
 メリーナと別れた後、すぐにマフガルド王国へと嫁がされたこと。結婚相手はシリル様だった事。
 
 そこまで話すと
「そう、そうだったのね……」
「メリーナ?」
 メリーナは何かを知っているかのように、シリル様に向け微笑んだ。

「とりあえず話は後でゆっくりとしましょう。朝になれば見回りが来るから、急いでここから出たほうがいいわ」と話す。


 見回りが来ると聞き、シリル様とルシファ様が急いでもう一つの蝶が止まっている牢屋に向かう。

 その牢の中には、栗鼠獣人の男の人がいた。その人は、カダル山賊で会った少女の父親だった。その人を牢から出すと、止まっていた蝶はまた飛んでいく。

「あれは娘の蝶……」
「そうです、俺達はあなたの妹さんと娘さんから、あなた方を救って欲しいと頼まれて来ました」

 シリル様が話すと、男性はありがとうとお礼を言い、娘が無事でよかったと目に涙を浮かべた。

「私の妻と息子は奥にいるはずだ」

 みんなで蝶の後を追いかけると、鍵がかけられた木製の扉があった。

 シリル様が鍵を開け中に入ると、男性の奥様と息子さんが部屋の隅で小さくなっていた。


 急いだ方がいい、と言うメリーナの声に、私達は急いで地下牢を後にした。
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