ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

全てをお話します

 空き家に戻った頃には、夜が明けて来ていた。

 外には人がまばらに出はじめている。


 ジッと窓の外を隠れ見ていたルシファ様が、安堵したように息を吐く。

「ギリギリだったね、でもしばらく外には出られない。ここに隠れているしかないな……」

「さっき兵が裏門から入って行ったわ、彼等が居なくなったと探し回らないかしら」

 ラビー姉様が心配そうに話す様子を見て、メリーナは微笑んでいた。

「身代わりを置いて来たので、しばらくは大丈夫でしょう」
「身代わり?」
「ええ……」


 いつそんな事を? と驚いてメリーナを見る私達。

 メリーナは私を見て、それからシリル様に目を移した。


「しばらくここを動けない様ですから、全てをお話します」

 そう言うと、メリーナはラビー姉様が魔法を使う時のように、指をクルクルと回し始めた。

 空き家全体を薄い膜が包み込む。

「これは……」
「防御魔法⁈ 」

 メリーナはそのまま、指で波の様な線を描いた。
 すると、部屋の中に幾つもの椅子が現れる。

「これで、この家は誰にも見つからないわ。さぁ、みなさん椅子に座って、私から長いお話があります」

 メリーナはまず、自らが椅子に座ってみせた。

「リラも座って」
「はい」

 メリーナに促され私が近くにある長椅子に座ると、横にシリル様が座った。

 皆も近くの椅子へと腰掛ける。


「バーナビー様達にはつまらないお話ですが、お付き合いくださいね」

 栗鼠獣人の男性、バーナビーさんにそう告げて、メリーナは話を始めた。

「まず、私はリフテス人ではありません。本当の名は『メリーナ・ラビッツ』そこの二人の叔母です」

 メリーナは、ラビー姉様とメイナード様を見て微笑む。

「「えっ!」」

 ラビー姉様とメイナード様は二人同時に声を上げ、呆気に取られていた。

「今の私のこの姿は、仮の姿です。あなた達もそうですね」

 シリル様達は頷き、その事にバーナビーさん家族はただ驚いている。


 メリーナは、ラビー姉様とメイナード様に視線を向けた。

「私は変化の魔法を使い、あなた達の母親の姿を写させてもらっています」

 本当の姿はまた後で見せるわ、と言ってメリーナは話を続けた。


「それでは、順を追って話をします。あれはシリルが幼い頃です」
「俺……?」

 メリーナは大きく頷いた。






 ……それは、今から十八年程前、その頃メリーナはマフガルド城に連なるラビッツ公爵家で暮らしていた。

 メリーナの兄はラビーの父親、現ラビッツ公爵。

 ラビッツ公爵家はマフガルド王族と並ぶ強大な魔力を持っていた。

 「もちろん、私も例外なく……いえ、かなりの魔力の持ち主です」

 ある時、メリーナに『まだ結婚相手もおらず暇だろう』と余計な一言を添えて、マフガルド王国ゼビオス王がシリルの子守りを任せたいと頼みに来た。

 シリルは生まれながらに魔力が強く、赤ん坊の頃はまだ何とか母親である王妃や、宰相達でも押さえることが出来たが、彼が2歳を過ぎる頃には、魔力を押さえる事が出来たのはゼビオス王と、ラビッツ公爵、そしてメリーナだけだったのだ。


 「まぁ、私も暇でしたし、シリルは可愛らしかった。それに、魔力が強いだけで普通の子供でしたから、私は子守を引き受けたのです」


 それはシリルが三歳の頃。
 ある国の王様が、王妃様とたくさんの侍女を引き連れマフガルド王国を訪れた。
 歓迎の晩餐会を催していた最中に、シリルがその王様の不貞の限りを話してしまう事件が、起きてしまう。


「言っている事の意味も分からないシリルは、それはまあ、事細かに話ました。
あれは面白かった! 見る間にその王様の顔色が青くなり、横に座る王妃様の顔は比例するかのように赤くなって……」

 メリーナは思い出しクククッと笑う。


「けれど、それだけではなく、そこにいた貴族達の不貞まで話だしてしまって……そこで私は慌てて止めました。が、時すでに遅しと言った具合でしたね」


 修羅場というのはああ言った場所を言うのでしょうね……とメリーナは遠い目をしてニヤニヤと笑った。

「とにかく、まだシリルは子供でした。いくら魔力が強いからと言っても、男女の事は見えていいものではありません。それに、このままではただでさえ漆黒の毛のせいで恐れられてしまうシリルが、余計に避けられてしまいかねない。
だから、私はその能力を封印する事にしました」


「えっ! メリーナが封印したの?」

 マフガルド王だと聞いていた私は、驚いて口を出してしまった。

「そうです。シリルが十五歳になったら解放しようと思っていたのですが、私がこの国に居た為にそのままになっています」

 メリーナはちょっと飲み物を、と言うと指をクルリと動かし、みんなにお茶を出した。

 彼女は、優雅な仕種でお茶を飲むとまた、話を続ける。

「私がこの国に来た理由は、シリルあなたに頼まれたからです」

「ーーーーはっ? 俺?」

 急に話を振られてシリル様は目を見開いた。
メリーナはシリル様を見つめる。


「私が、シリルの繋がりが見えてしまう能力を封印しようとした時です」





 今からその力を封印すると告げたメリーナに、幼いシリルは言った。

『封印するのはいいけど、だったら僕のお願いを聞いて』
『お願い?』
『うん、メリーナはたくさんの魔法が使えるでしょう? 僕は魔力は強いけど、使えない魔法がたくさんある』
『そうね、魔力が強すぎるから、それにまだ子供だもの仕方ないわ』
『うん、だからかもしれないけど、僕分かるんだ』
『何が?』
『僕の宿命の人がもうすぐ生まれるんだ。
その人は隣の国に生まれる。ねぇ、メリーナお願い、僕の代わりに彼女の所へ行ってくれない?』
『宿命? そんな言葉どこで知ったの? それに宿命ならいずれ会えるでしょう?』


 すると、シリルは首を横に振る。
 その時の表情は、とても三歳の子供とは思えないものだった。

『邪魔をする者が現れる。そいつが、僕の大切な人を危険に晒す。でも今、僕は子供で、この国の王子だ、行くことは出来ない。だからお願い、メリーナが僕の代わりに彼女を守って』





「まだ命も宿っていない、シリルの大切な人を探して守って欲しいと言われました。
私は、これも何かの運命なのだろうと了承し、その後で、シリルの見える力を封印したのです」

 その時、本能からか抵抗するシリルの魔力とメリーナの魔力がぶつかり合い、膨大な魔力が辺り一面に広がった。
 メリーナもシリルも一瞬気を失ってしまう。

 同じように魔力を受けた周りの者達も、気を失って倒れていた。
 皆が目覚めたその時、異変が起きた。

 何故か周りの者達から、メリーナの記憶がすっかり抜け落ちている。
 ゼビオス王も、兄であるラビッツ公爵も、目の前にいるシリルまでもメリーナを知らなかった。

「私はすぐに姿を変え、そのままマフガルド王国を出て、戦時中の動乱に紛れリフテス王国へと入ったのです」
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