婚約者の浮気相手が子を授かったので
 ショーンの言葉にほっと胸を撫でおろすファンヌ。そのまま、ショーンとエルランドのやり取りを黙って見ていた。
「ショーン。もう、オレのことを『坊ちゃん』と呼ぶな。こうして『番』と共に一緒になるんだ。一人前になっただろう?」
「失礼いたしました、旦那様」
 ショーンがお茶の準備を終えると、「空気を読め」とエルランドに言われてしまったため、そそくさとファンヌの部屋から出ていった。
 そんな二人のやり取りを見て、ファンヌはつい笑みをこぼしてしまった。
「旦那様……」
 ファンヌもエルランドのことをそう呼ぼうと思った。
「なんだ。ファンヌにそう呼ばれるのは新鮮だな」
 どうやら、心の中で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。
「では、私も『旦那様』と呼ばせていただきます」
 名前で呼び始めてから数か月経ったものの、まだまだ恥ずかしいし、気を抜くと呼び慣れた『先生』がぽろっとこぼれてしまう。それだけエルランドを名前で呼ぶことは、ファンヌにとっては意識ししないとできないことなのだ。
「え?」
 エルランドは不満げな声をあげた。
「だが、外ではそんな呼び方をするなよ。外では『調薬師』と『調茶師』の関係だ。外で『旦那様』と呼ばれても、返事はしない」
 ファンヌの心を見透かしたようなエルランドの言葉だった。
 結局、ファンヌはエルランドのことを『旦那様』と呼ぶことを諦めた。
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