ビター・マリッジ
「あの、私、いちおう菅原幸人の妻で……しゅ、主人に頼まれて忘れ物を届けに……」
これまで人前で「主人」なんて言葉を使う機会がほとんどなかったため、少し吃ってしまう。
そのせいで、余計に受付の女性を不審がらせたのではないか心配になった。
震える手で台に名刺を置くと、受付の女性がそれをじっと見てからどこかへ電話をかけ始めた。
「たった今受付に、副社長の奥様と仰る方がいらっしゃっているのですが……はい。わかりました」
静かに話す女性の声を聞きながら緊張して立っていると、通話を終えた彼女がさっきとは打って変わって柔らかな表情で微笑みかけてきた。
「大変失礼しました。奥様のご来社については秘書課のほうで伺っていたようです」
「そうですか……」
「ただ今、副社長は外出中でして。あと十分ほどで戻る予定です。副社長室でお待ちになりますか?」
疑いが晴れてほっとしたけれど、受付の女性からの提案には少し迷った。