ビター・マリッジ
「よろしくお願いします。失礼します」
うつむいて足早に立ち去る私を、受付の女性は執拗に追ってきたりはしなかった。
そもそもの用事はデータを届けることだったのだ。幸人さんがランチに誘ってくれたのは、そのついで。
彼が必要だったのは、午後から必要なデータで、私と過ごすランチタイムなんかじゃない。
カフェでコーヒーだけ飲んで自分のオフィスに戻ると、私よりも遅れてデスクに戻ってきた小山くんが話しかけてきた。
「四ノ宮さん、どうだった? 旦那さんとのランチデート」
楽しそうにニヤリと笑う小山くんに、曖昧な笑顔を返す。
どうだった、と言われても、話せるようなネタなんて何もない。
幸人さんのオフィスから持ち帰ってきたのは、惨めで悲しい気持ちだけだから。
私が託けた言葉を、受付の女性が的確に伝えてくれたんだろう。
USBだけ預けてオフィスを立ち去った私に、幸人さんからのメッセージは届かなかった。
幸人さんが私をランチに誘ってくれたのは、本当に「ついで」だったのだ。
だって彼は、初めから私になんて興味がない。