ビター・マリッジ


「梨々香の料理は美味いよ」

幸人さんに耳元で低く囁かれて、心臓がドクンと跳ね上がる。


「先に風呂に入ってくる。そのまま置いておいてくれたら、あとで自分で温める」

「はい……」

ドキドキしながら流されるように頷くと、幸人さんが私の上に重ねていた手を離した。

そのまますっと私のそばを離れると、着替えをとって、何事もなかったみたいにバスルームへと消えていく。

幸人さんの姿が見えなくなるのを確認すると、私は彼に触れられた手の甲をもう片方の手で押さえて床に座り込んだ。

重ねた手を左胸にあてると、心臓がいつもより速くドキドキと鳴っている。


いつも私に無関心な幸人さんなのに。

急に「梨々香の料理は美味い」とか言い出すなんて。いったいどうしたんだろう。

食器を下げようとした私の顔は、幸人さんに機嫌をとらなきゃと思わせるくらい不機嫌だったんだろうか……。

しばらく床に座ったまま、胸に手をあてて動悸を落ち着かせる。

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