Macaron Marriage
 その時だった。萌音の部屋のドアが開き、母親が入ってきたのだ。

「萌音? 起きてるの?」

 慌てて振り返った萌音は、近付いてくる母親を前にあたふたと両手を振った。しかしその瞬間、背後からドサッという大きな音が響いたため、萌音は慌てて窓の外に目をやる。しかし塀の上に少年の姿はなく、代わりに塀の向こう側から、
「いてて……」
という声が聞こえてきた。

 萌音はその声を聞いてぞっとする。きっと驚いて塀から落ちたんだわ! そう思うと居ても立っても居られず、母親を押し退け部屋を飛び出す。

「萌音⁈」

 裸足のまま玄関のドアを開け、庭を抜け、門扉を押し開ける。そして塀のそばに座り込んでいる少年に駆け寄った。

「大丈夫⁈ 怪我してるの⁈」

 萌音が少年の顔を覗き込もうとした時だった。突然彼に頭を引き寄せられ、そしてキスをされた。何が起きたのかわからず体の力が抜けた萌音を、少年はぎゅっと強く抱きしめたのだ。

「ごめん……顔は見ないで」
「えっ……」

 どういうこと……? 頭の中で考えている間に彼の腕から解放されたと思ったら、少年は走っていなくなってしまった。

「どうしたの⁈ 何があったの⁈」

 母親は萌音を問い詰めたが、萌音はふわふわとした夢見心地の中で、今起きたことを頭で考えていた。

 唇に触れた柔らかな感触。抱きしめられた時に香ったジャンプーの匂い。ああ、私ロミオくんにキスされちゃったんだ……。

 胸のドキドキが止まらない。夏の最後の思い出は、顔も知らない男の子との初めての甘いキスと、芽生えた途端に淡く散った初恋だった。
< 11 / 130 >

この作品をシェア

pagetop