Macaron Marriage
* * * *

 昨日は翔と二人で歩いた道のりを、今日は一人で歩く。

 そういえばこっちの方ってあまり来たことなかったかもしれない。どちらかといえば買い物のために市街地へ行くことが多く、式場とレストランがある方向は自然に囲まれており、用事がないため足が向かなかった。

 夜に一人で歩くには少し怖いかもしれない。辺りは背の高い塀に囲まれているものの、逃げ場がないのは確かだった。

 昨夜『一部舗装されていない道路』があると言っていた場所に差し掛かり、ゴロゴロとした石や真っ白な砂が剥き出しになっている砂利道を見て、萌音は納得した。

 私が転ばないように、ずっと手を繋いでくれていたんだわ……。そう思うと恥ずかしくなる。あんなに長い時間を男性と手を繋いだことなんてあったかしら。小学校の体育の時間でダンスをした時以来な気がする。

 萌音は繋いでいた手を見つめた。翔がキスをしてくれた時の柔らかな唇の感触を思い出して、体の奥の方でキュンとする。

 華子さんが変なこと言うからよ……。でも……そうよ、翔さんだって私のことをそんな目で見てない。昔のお店の常連と再会して懐かしいだけよ。フランス留学っていう共通の話題があるから盛り上がっているけど、それがなかったらもしかしたらこんなことにはなってなかったかもしれない。

 砂利道を抜けて舗装された道路に出ると、目の前には昨夜訪れたレストランが現れた。レンガの塀とアイアンの柵に囲まれ、入り口には『campagne(カンパーニュ)』と書かれている。夜に見る風景とは違い、淡いベージュのレンガを基調とし、テラコッタ色の屋根がかわいらしく萌音の目に映った。

 campagne……田園という意味ね。そう思いながら道路を渡って向かい側へ走る。それから門を抜けると、正面にあった木製看板に目が止まる。

『Bistro→』
『←champ』
『↑chapelle』

 ビストロ、畑、チャペル……そこまで読んで、萌音は驚いたように目を見開く。ここに畑があるの?

 畑のことが気になりながら時計を確認するが、待ち合わせの十五時まであと少しだった。これでは間に合わない。萌音は諦めて正面の階段へと歩き始めた。
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