嫌われ夫は諦めない
「旦那! こっちの庭はあらかた終わりましたぜ」
「おう、ありがとよ!」
夕刻が近づくと、リディオは人々に日当を渡し始めた。中には「では、また明日」と言っている者もいるため、明日も来て働くようだ。
「ちょっと! 殿下にお願いしたのは私だけど、こんなにしてもらっても何も返せないわよ」
「あぁ? 俺はこの家の婿だろう? 婿が自分の家の為に金を使って何が悪い」
「婿って、私は仮面夫婦でいいって言ってるじゃない!」
「俺は納得していない」
「でも! 私は殿下と本当の夫婦になるつもりはないんだから!」
「……おい、もう俺は王籍を抜けたから、殿下じゃない。リディオでいい、リディオで」
「もうっ、そうじゃなくてっ」
いくら怒っても怒鳴っても、まるで子どものようにあしらわれてしまう。まさか、こんなことになるとは思っていなかった。
シャスナにとって、家族と呼べる存在は父しかいない。母はアリアという名前で、自分がよく似た容姿をしていると聞かされた。だが、母は父を捨てた後に何人かの男性と結婚、離婚を繰り返し、今はどこにいるのかもわからない。
幼い頃から父親しかおらず、愛のある結婚生活など知らなかった。お金もないから召使も雇えないし、父が病気になってからは薬代も必要となってさらに貧乏になった。
父の代わりに領地の管理を行うようになると、領民の苦しさを知り税金を上げることもできない。自分が我慢すれば済むことだから、と贅沢を避けると同時に人を減らした結果、様々なことを自分でやるようになった。
苦労人かもしれないが、そんなに悪い生活でもない。以前は家庭教師がついてマナーやダンスなどの作法をみっちりと教えられたが、きっとそれが役に立つこともないだろう。
父のイヴァーノは未だに華やかであった自分のことを誇りに思っているが、そんな時代はもう過ぎ去った。シャスナは真実の愛を求めて結ばれた両親が破綻した姿を身近に見て、恋愛がいかに馬鹿げたものかと思うようになった。
そんな自分が、愛のある夫婦関係を築くことなどできない。そう思って正直にリディオに伝えたのに、彼はそれには構わず残っている。王都に居づらい理由もなさそうだし、本当に不思議で仕方がない。