嫌われ夫は諦めない


リディオは騎士団にいた頃の習慣で、身体を鍛える基礎訓練をしないと気が済まないようだ。着替えを終えると早速庭に降りていく。

 シャスナはいつも通り台所に火を入れると、水を汲むために井戸へ向かう。侯爵令嬢と言われても、働かなければ生きていけない。父は寝たきりで頼りにならないし、執事は年を取っていて無理は出来ない。年ごろの娘であれば美しく着飾ることに興味を持ってもおかしくないが、シャスナは髪の毛さえ自分で切る娘だ。もう既に手のひらは擦り切れて乾いている。

 両親譲りの美貌を持つが、却って人の興味を寄せ付けてしまうことがあるから厄介なことの方が多い。リディオのいた王都に行ったことはないけれど、きっと自分よりも美しい人は多いだろう。

 だからリディオが自分の何をそんなに気に入っているのか、全くわからない。不思議に思いながらも井戸で水くみをしていると、裏門のところに少年が立っているのが見えた。

「おはよう、何か用かしら?」
「おはようございます、これ、領主様に渡してくださいって。お母さんから」

 少年と妹とみられる少女の二人が、リンゴの入った籠をシャスナに渡す。きっとリンゴ農園の子どもがお使いを頼まれたのだろう。

「わぁ、リンゴ! お父様が好きなのよね、助かるわ。お母さんに、私がお礼を言っていたって伝えてね」
「うん。シャスナ様がお礼を言ってたって、伝えるよ!」
「朝早くからいい子ね」
「へへへ」

 少年の頭を撫でると、照れくさくなったのか顔を赤らめてしまった。妹の手を引いて帰っていく姿を見送ったシャスナは、ご機嫌になって微笑んでいると後ろから声がかかる。

「そうやっていつも笑っていれば、可愛いのにな」
「リディオ!」
「あの坊やもお前に会いたくて来たんだろうよ。お前も天然だからなぁ、そうだ。昨日約束したから今日は街でドレスを買って来てやるよ」
「そんなの頼んでないわ。破れた箇所を縫っておけばまた使えるから、必要ないわよ」
「まったく、素直じゃねぇな……、まぁいいや。行ってくる」

 馬に跨るとすぐにリディオは走り去っていく。今日ももしかすると街で人を集めてくるのかもしれない。お茶だけでも用意しようと、シャスナは慌てて引き返した。


< 15 / 32 >

この作品をシェア

pagetop