嫌われ夫は諦めない


「シャスナ、今日は機嫌がいいようだね」
「あら、お父様。いつもと変わらないわよ?」

 気持ちの良い天気の日は、なるべく窓を開けてイヴァーノの部屋の空気を換えるようにしている。最近はイヴァーノの調子も良くなっているようだ。リディオが持ってきた常備薬の中には、高額すぎて手の出なかったものもあった。その薬も惜しむことなくイヴァーノに使うことで、体調も回復に向かっている。

 これまで父と娘の二人家族で生きて来た。イヴァーノは抜けているところもあり、決して完璧な父親ではない。むしろダメな父親の部類に入るのだろうが、娘である自分のことを大切にしてくれた。

 むしろ執事の方が自分を厳しく育ててくれた。イヴァーノの子どもの頃から面倒を見て来たという老執事は、父が王都にいた時のことも良く知っているがシャスナにはあまり詳しく教えてくれない。

 父は以前王妃と婚約していたが、母であるアリアがシャスナを妊娠したために破棄したと聞いている。王妃はそれを未だに恨んでいるという噂だけれど、噂なんて信用できないことは、自分のあばずれ令嬢の噂をみれば明らかだ。

 あばずれ、という言葉の本当の意味を知ったのは、リディオに抱かれた後だった。今ではもう、リディオ以外とあんなことができるとは思えない。昨夜も剣だこのある固い手でシャスナの胸を揉みしだき—―

「ほら、シャスナ。頬が赤いよ。やっぱりご機嫌だね」
「お、お父様ッ!」
「リディオ君と仲良くするんだよ」
「そ、そんなこと言っても、いつ出ていくかわからない人なのに」
「彼はそんなに無責任なのかな」
「……責任感があるようには見えません」
「ははっ、シャスナは手ごわいな。でも、彼のお陰で屋敷が見違えるほど美しくなったのは、感謝しないとね」
「はい、それはもう」

 リディオが手配した人材のお陰で、外回りの修繕がほぼ終わった。次は屋敷の内部の破損個所を見て直している。彼がいることで、静かだった屋敷の中もずいぶんと賑やかになった。元来、騒がしいのが好きなイヴァーノの機嫌も良くなっている。

 シャスナは父と会話をする、それだけで胸の奥から込み上げてくるものがあった。

(良かった、元気を取り戻してくれて。二人きりの家族なんだから、もっと長生きして欲しい――あれ? 結婚したからリディオも家族になるのかなぁ……、家族、なのかな)

 ふと胸によぎる緑青の髪の彼の笑顔を思い出すと――、シャスナの胸がトクリと弾む。
 
 それでも、彼はいつか王都に戻ってしまう人物だ。今は僻地という珍しさを気に入っているようだけど、いつ飽きてしまうかわからない。そんな彼を家族という枠に入れてしまうことに、シャスナは思わずブルリと震えてしまう。自分のこころの大切な部分を明け渡してしまうと、——失った時が怖い。

 ふぅ、とシャスナは窓の外を見ながら短く息を吐いた。

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