嫌われ夫は諦めない

 彼のことを嫌いだと、自分には必要ない存在だと伝えたいのに言葉がでない。ぐっと胸に迫る気持ちはどうしてなのだろう。シャスナは体の向きを変えるとリディオから逃げるように走り出していた。彼から離れてしまえば、もう胸の痛みを覚えなくて済む。

 慌てて走り出したシャスナは、庭のぬかるみで足を絡ませてしまった。

「あっ」

 両手を出して身体の衝撃を避けるけれど、足をひねったのか地面に身体を打ち付けてしまう。

「い、痛い」

 庭でこけるなんて、まるで子どものようだ。手のひらには泥がついて痛みがある。瞳の端にリディオが慌てて駆け寄ってくるのが見える。

「シャスナ、大丈夫か?」
「……来ないで」
「何を言っている、怪我はないか? しっかりしているようで、おっちょこちょいなんだな。ほら、手を見せてみろ」

 シャスナの腕をとったリディオが、手に残る泥をふき取る。

「歩けるか?」

 手を引かれそうになるが、差し出されたその手を振り払う。どれだけ絆されても、彼のことを受け入れることはできない。

「……もう、ほっといてよ。どうせ、いつか捨てるんだから」
「どうした? さっきから何を言っているんだ。シャスナ、俺は裏切らないと言っているだろう」
「そんなこと言って! 王都に帰れば、あなたを温めてくれる女の人がいるんでしょう?」
「そんな女はいないと言っているだろう。シャスナと結婚するために、全部終わらせてきたんだ。今の俺にはお前しかいない」
「嘘、嘘よっ……うっ、ううっ……」

 捻った足が痛くて涙が出る。リディオに優しくされたからとは、信じたくない。父と母は『真実の愛』と確信して夫婦となったはずなのに、僻地に送られただけでそれは脆くも崩れ落ちた。美しかったという父の顔は陰ってばかりだ。愛を求めても信じることはできない。

 なのに、リディオの言葉がシャスナのこころを抉るように迫ってくる。本当は、彼のことを信じたい。信じたいのに素直になれない。

「私、私は『真実の愛の証』だったの。ねぇ、それなのに私は母に捨てられて、父は病弱で私が強くなるしかなかったの。この手を見て、怪我だけじゃない。もうずっと、爪だって伸びたことないの。しっかりしないと、生きることができなかったの。お願いだから、甘やかさないで。いつか捨てるなら、もう出て行って。愛の証が幸せになれないんだから、愛なんて信じることはできないの」
「シャスナ……、言いたいことは、それだけか? だから俺のことを、嫌っていたのか?」
「……そうよ、もういいでしょう?」

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