片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
はじめて触れた唇


 土曜日の夜。昼間、伊織さんは外勤のため家を空けていたが、明日は一応一日休み。だからこそ、決戦は今夜しかないと数日前から決めていた。

 いつもより念入りに体を洗い、いつもより長く湯船に浸かる。危うくのぼせそうになる直前でお風呂から上がると、頭の中でひととおりのチェックリストを広げた。

 無駄毛処理は問題なし、香りの良いボディローションで保湿したら、歯磨きもちゃんとして、新しい下着は――脱衣所に持ち込んだ、淡い水色のランジェリーを眺める。

 少し若々しすぎたかしら……?
 伊織さんの好みがわからないから、インターネットでリサーチしてみたのだが、今更になって不安になってきた。

 ……大丈夫。暗くて見えないんだから。

 おろしたてのランジェリーを身に着けると、鏡に映った自分の体を少しだけひねらせる。この角度でも見える、背中に残った痛々しい痣に、気持ちが沈みそうになった。

 でも、伊織さんは気にしないと言ってくれたし、心無い言葉を吐くような人じゃないはずだ。何より、いつか彼が言っていたように”そんなこと”を気にしているのは、私自身だけなのかもしれない。

 不安な気持ちを抑えつつ、もう一度「大丈夫」と言い聞かせると、パジャマに袖を通した。
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