片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 彼は私より三つ年上の三十二歳。神花家の長男として生まれた御曹司にも関わらず、神花リゾートの後継者は、現在海外支店にいる六つ下の弟に譲り、東梨医科大学医学部へ進学。卒業後はそのまま附属病院にて二年の初期臨床研修を終え、臨床留学のため渡米した。三年で帰国の予定だったが現地の病院にて勤めることになり、今年帰国したという。

 御曹司というだけでも最強なのに、その肩書きを捨てて医師になったのだ。異例な経歴にも思えるが、彼が優秀であるということは、紛れもない事実である。

 だからこそ――

「緋真ちゃんは、確か……」

 神花社長に話を振られ、ギクリとする。
 自分の仕事には誇りを持っている。けれど、華々しい経歴を聞いた後では、どうしても恐縮してしまうのだ。

「料理教室で講師をしております」
「そうだったね。料理本も出版してるとか」
「は、はい。まだ数冊程度ですが」

 元々料理好きだった私は、学生時代からSNSを駆使し、自身で考案したメニューなどを随時アップしていた。『深夜残業後のOL夕食』シリーズがバズり、それを皮切りにフォロワーが増え、今では十万人を目前に。そしてありがたいことに、料理本の出版までさせてもらっているのだ。

 謙遜しつつ答えると、隣で黙って話を聞いていた神花夫人がひと際明るい声をあげた。 

「あら、十分すごいじゃない。実は私もこの間買っちゃったの。時短シリーズのものだったかしら」
「本当ですか? ありがとうございます……!」
「手を抜いてもあんなに美味しいものができるなんて、目から鱗よね。私も料理は好きだけど、楽できるに越したことはないわ」

 もしかすると今回の縁談を受けて購入されたのかもしれないが、実際に手に取ってもらえたことが嬉しく感じる。同時に、神花夫妻の人柄の良さにほっと胸を撫でおろした。

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