もし君の世界から僕だけが消えても。
次の日は雨だった。

梅雨の時期を君がどう過ごしていたのか、僕は知らない。

出会ったのは夏、木々の葉が青々と輝く、元気な鳥の声の季節だったから。

「私、雨って苦手なんだよね」

僕達は、雨の雫滴る木々の下を傘をさして並んで歩く。

下校時刻をとっくに過ぎた誰もいない学校を出てから、君は一言も話さなかった。

ただ僕の横を歩きながら憂いたような表情をしているだけ。

そんな君が初めて発したのが、そんな一言だったから、

「どうして?」

と、僕は戸惑いながらそう返した。

今思うと、君はこの話をするために必死に心の整理をつけてくれていたのかもしれない。

しかし当時の僕にそこまで君の心を推し量れる技量はなかった。

また、君が口を開く。

「昔ね、私…誘拐されたことがあるんだよね。」

「誘拐?」

「そう。誘拐」

ユウカイ…もう一度声に出してみる。

現実味のない、どこか遠くで聞いただけのその言葉。

僕の知らない君がまだいたことより、その言葉のもつ意味に驚いた。

「雨の日なんだ」

「え?」

「私が誘拐された日。こんな雨の日だったの」







その日、僕は寝る前、自分の部屋で10月のカレンダーに丸を付けた。

印をつけた日付は10月4日。

そしてその下に『てるてる坊主を作る』とメモをする。

次の日、10月5日は文化祭当日。

悪あがきだろうか?

だけどそれでも構わない。

カレンダーにメモしたら、君の気持ちをちょっとだけ和らげてあげられるかもしれないと思ったから。

明日はティッシュを買いに行こう、と心に決めて僕は布団に入る。

僕ならきっと忘れない。

君のことを、僕はきっと。
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