囚われのシンデレラ【完結】

 ドレスに着替えを済ませ、控室の片隅で椅子に座る。他のオケのメンバーたちがせわしなく準備や雑談をしている中で、私はじっと目を閉じていた。

 大好きなチャイコフスキーのバイオリン協奏曲だ。憧れてやまない曲を、こうして舞台で弾く機会を与えられた。

最高の演奏が出来ますように。最後の一音を弾き終えた後、すべてを出し切れたと思えますように。

油断すると震えてしまいそうな手を両手で握り合わせる。

「スタンバイお願いしまーす」

スタッフの声が控室に響き渡る。目を開き、バイオリンを手にして立ち上がる。

「――あずさ」

その時、目の前に奏音が現れた。

「今日、ソリスト頑張って。ずっと言いたかったんだけど、ここ二週間くらいのあずさから出ている気迫が凄くて、声かけられなかった」

どこか気まずそうに奏音が言う。だから、私も笑って答える。

「ごめん。もう今日のことしか頭になかったから。奏音とだけじゃなく、誰とも会話していないかも」

奏音が少し笑った。でも、その笑みもすぐに消え私を見た。

「――ごめんね。私、あずさに嫌なこと言ったよね。でも今は、同じバイオリンをやっている者としてあずさを尊敬してる。ここまで自分の力を引き上げたあずさのこと、素直に凄いって思ってるよ」
「バカ。そういうことは今日の演奏が終わってから言ってよ。まだ早い」
「ううん。もう、確信してるから」

奏音が大真面目にそう言った。

「じゃあいい演奏に出来るよう、お互いに頑張ろう」

目を見合わせて頷いた。


 舞台袖に移動すると、指揮者の元に向かった。

「今日は、君が思うチャイコフスキーを表現したらいい。君が表現したいチャイコフスキーを全力でオケが力を添える」
「先生……」

先生の言葉に驚く。
練習の時、先生はこう言ったのだ。

”独奏じゃないんだ。君一人の演奏会じゃない”

「それがコンチェルトだよ」
「――はい。先生とオケのみんなに力をもらいます」

ソリストとして大勢のオケの前に立つには、オケと指揮者にそう思わせる必要があるのだということを、先生は言いたかったのかもしれない。
少なくとも、私のバイオリンを聴いてソリストを全力で盛り立てようと思ってくれた。そう考えてもいいだろうか。

「さあ、行こうか」
「はい」

薄暗い舞台袖から、ライトが眩い舞台へと出て行く。

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