囚われのシンデレラ【完結】
「私、あの時、聞いたんです。西園寺さんの会社が大変な状況になってるって。会社を守るためには、絶対に逃れられない縁談があると聞きました。そのことで、西園寺さんが苦しんでいるから――」
「――だから、自ら身を引いた」
前を向いていた西園寺さんが、ゆっくりと私の方へと顔を向ける。
「西園寺さん……」
その目は、奥底までずっと透明なままで何の色も持たない。私を見ているようで、全然見ていない――その視線が、私を暗闇に落としていく。
「だから、致し方なかった。俺のことを思って、何も言わずに去った。それでいいか?」
ひどく冷たい言い方だ。
「そ、そうです。あの時の私には、何の力もなかったから。だから、そうすることが一番いいことだと――」
「もういい。それ以上、何も言わないでくれ」
無表情だったその顔が、ほんのわずか歪んだ。西園寺さんの鉄壁の表情が崩れた瞬間。それを、無理に堪えるように私からすぐに視線を逸らしまた前を見る。
「――とにかく、この先誰に何を言われても無視しろ。君は俺にとって大切な契約相手だ。それ以上でもそれ以下でもない。恨んでもいない。何の感情もないとはそういうことだ。昔の話を蒸し返したところで意味はない」
「なら、どうしてそんな風に冷たい目を私に向けるんですか? お互い仕方なく別れた。それなら、西園寺さんはそんな態度になるはずないです。まるで、過去も何もかも全部なかったみたいに――」
「やめてくれと言ったのが、分からないのか?」
その声の低さに言葉を失くす。
「……約束通り、君の母親の病気が治るまで全面的にサポートする。君の生活も保障する。だから、君も。自分の役割を果たすことだけを考えろ」
「西園寺さん――」
もうそれ以上何も聞かないとでも言うように、アクセルを踏み込んだ。
指にはめられているダイヤモンドが、虚しく輝く。
それから無言のままマンションにたどり着くと、西園寺さんから一枚の紙きれを差し出された。
「婚姻届への記入と戸籍謄本を頼む。準備が出来次第、そこのテーブルにでも置いておいてくれればいい。俺が役所に出しに行く」
「私も、行きます!」
「……え?」
西園寺さんの目に少しの驚きが滲んだ。
「西園寺さんにとっては、ただの契約かもしれません。でも、私にとって結婚は、誰かと人生を共にするということです。私自身も、ちゃんと覚悟するために立ち会わせてください」
結婚する――それは、簡単な気持ちでは出来ない。たとえ、こんなに悲しい結婚でも、私にとっては人生を賭けたものだ。
それから、手術の日を待つ母の病院に通い、レストランで働いて。今は余計ことは考えないようにと、ひたすらに動き回っていた。
考えるべきことは、お母さんの手術がうまくいくこと――。
今はそれが一番大事なことだ。
そして、母の手術の日がやって来た。