囚われのシンデレラ【完結】


 手術室の向こうから音がした。

「終わったか……?」

西園寺さんが立ち上がる。手術室の扉が開き、大石先生が出て来た。

「先生、母は――」

飛び出して行くように先生の元に駆け寄ると、大石先生がいつもの親しみやすい笑みを見せてくれた。

「うん。もう大丈夫。手術は成功しました。お母さん、頑張りましたよ」
「……あ、ありがとう、ございま――っ」

先生の笑顔が、これまでの不安をすべて身体の外へと押し出す。

母が倒れたと一報を受けた日から、不安で不安で、心細くて――。

込み上げる涙を抑えるために必死に口元に手をやる。

「先生、お世話になりました。本当にありがとうございました」

そんな私の隣で、西園寺さんが先生に頭を下げた。私も、何度も何度も頭を下げる。

「この後は、退院までお母さんはリハビリを頑張ることになる。しっかり支えてあげなさい」
「はい。本当にありがとうございました」

大石先生が立ち去った後、ストレッチャーに載せられて目を閉じているお母さんが出て来た。

「お母さん!」
「これからICUで24時間体制で見守りますからね。安心してください」
「はい。ありがとうございます」

良かった。本当に良かった――。

静かになった廊下で、私は改めて西園寺さんに向き合った。

「本当にありがとうございます。西園寺さんがいてくれなかったら……私一人ではきっとこんな結果にはならなかった。本当にありがとうございます」

深々と頭を下げる。

「病院からの帰りに、婚姻届けを出しに行こう。君も少しはホッとしただろ」
「この日を、待っていてくれたんですか……?」
「別に。ただ、この日が一番いいと思っただけだ」

顔を上げた時には、もう西園寺さんは歩き始めていた。

「――お母さんが目を覚ました時には、そばにいてあげた方がいい。その時まで少し君も休め。そこに、患者の家族のためのラウンジがある」
「は、はい」

慌ててその背中を追う。ラウンジに入るとすぐに、大きなクリスマスツリーが目に入った。

「……そろそろクリスマスですね」
「そう言えば、そうだな」

すっかり忘れていた。あまりにも自分の身に起きていることが目まぐるしくて、頭から消え去っていた。

 ラウンジのテーブルで向い合って座る。考えてみれば、こうして向き合って座るのは再会してから初めてのことかもしれない。家でも一緒に食卓を囲むこともない。急に、緊張が押し寄せる。

「サンドウィッチ、食べたらどうだ? もう安心したから食べられるだろ」
「は、はい。いただきます」

正面にいる西園寺さんは、いつ見ても立派な男の人で。その端正な顔立ちを見ると、どうしても視線を逸らしてしまう。

 俯き加減で、ぼそぼそとサンドウィッチを頬張る。食べている姿を見られているのがなんだか恥ずかしくて、急いで飲み込もうとしたら、喉にパンが詰まってしまった。

「――んんっ、ごほっ」
「お、おい。そんなに慌てて食べなくても大丈夫だ。お母さんが目が覚めたら連絡をくれるように頼んである」
「す、すみまへ……んぐっ」
「だらか、無理に飲み込むな……っ」

給湯器から水を持って来てくれた西園寺さんがそれを私に手渡し、そのネクタイとスーツの上着が私の身体に近付く。伸びた手が私の背中に触れようとして、でも、その手が触れることはなかった。

「ほら、水を飲んで」
「ありがとうございます」

胸をさすり大きく息を吐く私を見て、席に戻った西園寺さんがくすりと笑う。

「サンドウィッチもまともに食べられないのか?」

腕時計が巻き付けられた方の手の指が、その口元に当てられて。そんな仕草にすら、胸の奥が疼く。

 それから少しして呼び出しがあり、ICUへと駆け付けた。
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