囚われのシンデレラ【完結】
「お母さん、気分はどう?」
「うん。大丈夫」
まだ完全ではないけれど、母が見せてくれた表情に安堵する。
「ここではしっかり状況をチェックしてもらえるから。安心して休んでね」
その視線が私の後ろにいる西園寺さんへと向けられた。
「ありがとうございました」
まだ言葉を発するのもままならないようだ。母の唇がゆっくりと動く。
「いえ、私は何も。お母さんは、ご自分のお身体が良くなることだけを考えてください」
西園寺さんも母に笑顔を向けた。
ICUの面会時間は限られている。また明日来ると告げて、病室を後にした。
それから、西園寺さんと区役所へとやって来た。そこに置かれていた大型テレビから流れて来た音楽に足を止めてしまう。
チャイコフスキーのバイオリンコンチェルト――。
それは、この年行われたチャイコフスキー国際コンクールの入賞者記念演奏会のニュースだった。
重厚なオケ。技巧的にも音楽的にも華やかなバイオリンソロ。心を揺さぶるような音の重なりが、私の胸を押し潰してくる。
「……あっ、す、すみません。行きましょう」
視線を感じてハッとして横を向くと、西園寺さんの姿に気が付いた。待たせている西園寺さんに慌てて頭を下げ駆け寄った。
記入済みの婚姻届けと戸籍謄本を手にして、窓口へと二人で向かう。
「――いいな?」
ここへ来て、西園寺さんが私の方へと振り向きそんなことを聞いて来た。
「はい。私に、迷いはありませんから」
西園寺さんと結婚する。この日、西園寺あずさになる。
私は思うのだ。
多分、西園寺さんだったから、私はこの決断が出来た。
愛してもらえない哀しい結婚でも、それを選べたのは西園寺さんだから――。
どれだけ冷たい目を向けられても、辛辣な言葉を投げかけられても。本当は、心のどこかで信じていたのかもしれない。
いつか、絡まった糸が解けて、分かり合える日が来るかもしれないと。