囚われのシンデレラ【完結】

「君の本当の気持ちを俺が言おうか。金と時間だけが問題なら、どれだけ生活が苦しくても君はバイオリンを弾き続けていた。でも、そうしなかったのは、父親に対する罪の意識から。父親だけじゃない、母親に対してもだ。自分のせいで家族を一人奪ってしまったってな」
「やめてください――」
「ちゃんと聞け。自分が我儘を通し続けて来た結果、父親が突然亡くなった。無理をして音楽なんかやっていなければ、父親は死なずに済んだ。そう思ったんだろ。それで、バイオリンに向き合えなくなった」

私がバイオリンを弾きたいだなんて言い出さなければ。音大に行きたいだなんて言い出さなければ、お父さんはあんなに無理することなかった――。

病院に駆け付けた時に既に息を引き取っていた。最後に言葉も交わすことができなかった。

大好きだったお父さんを、自分の我儘で――。

「……そうですよ! 自分の夢を追いかけるために、人を一人殺したんです。大切な家族を死なせてしまった。それなのに、バイオリンを続けていいはずない――」
「何を失っても、それでも弾かずにはいられないのが音楽家だろ。どれだけ身勝手でも、どれだけ苦しくても、それさえ糧にして自分の音楽にする、それが本物の音楽家だ」
「私は、そんなんじゃなかったんです。本物の音楽家なんかじゃ……っ」

苦しくてたまらない。この7年、ずっと閉じ込めて来たのだ。深く考えないように。自分の心に目を向けないように。

「さっき、昔の夢として吹っ切れたと言ったな。だったらどうして、チャイコフスキーが流れて来たテレビの前であんな顔をしていた?」
「それは――」
「君の心の中に、消えないままで燻っているからだ。全然、諦めきれていないからだ」
「違います」
「だったら。そんなに簡単に諦めたと言って、それを父親が聞いたらどう思うのか。それを考えたことがあるのか? それこそ、ただの死に損ないじゃないか。何のために君の父親は無理してまで頑張っていたんだ!」
「もう、やめて……っ」

どうしてそんなことを言うのか。

もう関係ない。あの頃の私じゃない。お願いだから、苦しめないで――。

「あの音だけは――」

私を見る西園寺さんの表情が、わずかに歪む。

「真実だった。他のどれもが嘘だったのだとしても、あずさのバイオリンの音だけは本物だった!」

西園寺さん――。

「――とにかく。次期社長の妻になろうという人間が、特技の一つもないのは恥ずかしい。君にバイオリン以外に何かあると言うのか。何もないだろ。そのバイオリンを売るのは許さない。人前で弾ける程度には腕を戻しておけ」

そう言い捨てると、西園寺さんは私に背を向け立ち上がった。

「手術費用も入院費用も、君が心配する必要はない。俺は君の夫だ。妻の母親に金を出すのは当然だろ。余計なことを考えるな」

リビングの扉がバタンと閉じる。

 一人取り残された私の足もとには、少し色褪せたミント色のバイオリンケースが転がっていた。

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