囚われのシンデレラ【完結】
父が死んで、誰にも言えなかった心の奥にあった罪の意識。向き合うことが怖くて、バイオリンそのものを遠ざけて。それでいながら、完全に遠ざけることも出来なかった。
西園寺さんと一緒にいた頃、どうしてそんなにバイトが必要なのかと西園寺さんに聞かれて、自分の家庭事情を打ち明けたことがある。
バイオリンは、楽器の中でも特に習得するのにお金がかかる。
『でも、両親に苦労かけてまでも、バイオリンをやりたくて。その我儘を押し通してる――』
あの時そう答えて、西園寺さんは何と言ってくれただろうか。そうだ。私の葛藤を聞いて、西園寺さんはこう言った。
『ご両親は、あずさを応援すること、大変ではあっても苦だとは思っていないんじゃないか?』
私に優しく語りかけてくれた。
『きっと、元気をもらってるんだよ。俺みたいに』
あの時、私の背中をずっと撫でてくれた。西園寺さんは、いつも私を応援してくれていた。過去の西園寺さんとの優しい思い出。
西園寺さんも、あの時のことを覚えていてくれたのかな――。
そう思うと、胸が締め付けられた。
その日、夜遅くに西園寺さんが帰って来た。私の顔を見るなり、一枚のメモを差し出した。
「その時間に、その部屋に行ってくれ。バイオリンの講師を適当に探した。妻の務めだと思ってちゃんと行けよ。それも契約内だ」
「ちょ、ちょっと待ってください――」
手にした紙きれを見つめる。
そこには年明けの日時と、
"センチュリーホテル東京、1601"
部屋番号が示されていた。
そして講師名が書かれている。
――Sergey Sokolov (セルゲイ ソコロフ)
ロシア人――。
ちょっと待って……この人。
ロシアの世界的バイオリニストだ。モスクワの音楽院で教えていたことがあって、最近、日本の音大の特任教授にも就任したというのを聞いたことがある。
『適当に探して来た』って……。
主婦が人前で披露する程度のために、音大生がいくらお金を出しても習いたいと思う講師を探して来るなんて。上流階級と言われる人がすることのスケールの大きさに、ただ困惑する。