囚われのシンデレラ【完結】
日曜日も、西園寺さんは仕事に出掛けてしまった。
私はこの日は仕事が休みだったから、午前中に母の病院を訪ねた。
あと少しでICUを出られると聞いてほっとした。日に日に顔色も良くなっているのが分かる。一般病棟に移ることが出来たら、もっと母と一緒にいられるようになるだろう。
帰宅してから、結局私の元に残ることになったバイオリンを手にした。
バイオリンを弾く機会がどんなものなのか想像も出来ないけれど、妻の務めだと言われたら一生懸命やるしかない。それに、超有名なバイオリニストの前で弾かなければならないのだ。ただでさえ、この腕はかなり鈍っている。
恐る恐る音を出す。この7年、本気でバイオリンを弾いたことはない。もちろん、音を出すことはしていた。曲を弾いたりすることもあるでもそれはどれもお遊び程度。
自分のバイオリンから出た音は、完全に緩み切った不安定な音だった。こんな音を披露しなければならないと思うとゾッとする。
とにかく、少しでもまともな音にしないと――。
すぐ目の前にあるその恐怖が、私からバイオリンに向き合う躊躇いを忘れさせて。夢中で基礎練習を繰り返した。
午後、少し陽がかげりだした頃、家の電話が鳴った。部屋の時計を見ると、午後4時を指していた。
4時間も休みなしで弾いていたのか――。
そう言えば、昼ごはんも食べていない。
鳴り続ける電話を見つめる。滅多に鳴らないその電話に出るのは躊躇われた。でも妻として、自宅に掛かって来た電話に出るのは当然だ。
おそるおそる受話器を取る。
「もしもし、西園寺でございますが――」
(私です。由羅です。今から、そちらにうかがってもいいですか? あずささんとお話したいんです)
由羅さん――西園寺さんの妹さんだ。
おそらく、西園寺さんがいないことを分かっている。
「――分かりました。では、お待ちしています」
私も由羅さんに聞きたいことがある。彼女の言った裏切りという言葉は、一体、何を指しているのか。それを知りたい。