囚われのシンデレラ【完結】
それから数日後、久しぶりにコンビニのバイトがない日がやって来た。
今日は少しゆっくりお昼の時間が取れる。天気もいいことから、ラウンジでの演奏の後ホテルの裏庭でお昼を取ることにした。
ベンチに腰掛け、ミント色のバイオリンケースを置く。春を思わせる暖かい空気と陽射しに、思い切り背伸びをした。肩を二度ほどぐるぐる回してから、作って来たおにぎりにぱくついたところだった。
「――このあと、またコンビニのバイトに行くの?」
ん――?
突然聞こえた声に、おにぎりを手にしながら周りを見渡す。
あの人だ。
背後から、よしたかさんが現れた。今日は一人みたいだ。
「君、音大生、とか?」
「は、はい……っ」
慌てておにぎりを飲み込み、何とか返事をする。おにぎりが胸につかえて、胸をトントンと叩いた。その間にも、向かい合わせに置いてあったベンチによしたかさんが腰掛けていた。手に缶コーヒーを持っている。休憩にでも来たのかもしれない。
「音大生なら、バイトするより練習じゃないのか?」
「え……?」
どこか棘のある声に、その顔を見つめてしまった。
「ここでの演奏するバイトならまだ分かる。でも、それ以外にもバイトって、そんなことで音大なんか行く意味あるの?」
無表情でいながら、軽蔑をわずかに含んだ視線。
どうして、何も知らない人にそこまで言われなくてはならないのか。この人と私は何の関係もない。
「……人には、それぞれに事情があります。置かれた状況の中で、やれることをやるしかない。みんながみんな、したいことを思う存分できる環境にいるわけじゃないです」
関係のない人なのだから、ムキになって反論する必要なんてないのに、そんなことを言ってしまっていた。言い放ってしまった後に素に戻る。バツが悪くて、誤魔化すように俯きおにぎりにかぶりつく。そのおにぎりを大急ぎで食べてしまえば、もうこんなところには気まずくていられない。無言の中、いたたまれずに立ち上がった。
「……お、音楽は、感情です。練習室で練習するだけがすべてじゃないです。いろんなものを見たりいろんな経験をしたり、そういうのも全部音楽の糧になりますから」
最後はもう自棄だった。そんな一連の私の行動を、驚いたように見ている視線に気付く。
「そういうわけで、今日は、練習室に行って来ます。そ、それじゃ」
一方的に言いたいことだけ言ってバイオリンケースを肩にかけると、逃げるように立ち去った。
普通、出会って間もない、そもそも知り合いと言うほど知り合いでもない人間に、あんなこと言って来るかな――。
最初に感じた印象とは違うあの人に、心の中で何かがもやもやとする。
別にいいや。それこそ、知らない人だし。赤の他人に言われたことなんて忘れるに限る――。
すぐに心を切り替える。切り替えが早いのが私のいいところだ。あまりに毎日が時間に追われていて、一つのことを深く思い悩む時間がないとも言える。