囚われのシンデレラ【完結】
「あずさ、オケの発表、もう掲示されているらしい」
「あーっ、緊張する!」
あれから、よしたかさんともそのお友達とも会うことはなく、3月中旬を迎えていた。
この日は、来年度の学内オーケストラのメンバーが発表される日だった。
ピアノ以外の楽器を専攻している学生にとって、重要な意味を持つ。成績順に、Aオーケストラ、Bオーケストラと編成されている。もちろん、Aオケが優秀な生徒で編成されるオーケストラだ。プロを目指すには絶対条件。学内でのオーディションに選抜されるにも、海外からやって来る著名な外国人講師のレッスンを受けるにも、すべてAオケのメンバーが優先される。
この大学に入学してから一年、私は幸いにもAオケに所属することが出来ていた。2月に行われた実技試験の結果で、2年生からの所属が決まる。
学生ロビーの掲示板の前には、既に数人の学生が集まっていた。
「せーので見る?」
私の隣に立つ奏音が、手を握り合わせている。
「一緒に見るのやめない?」
私が弱気なことを言うと、「あずさの方が実力あるくせに」なんてことを言って来る。奏音だってAオケ確定間違いなしの実力の持ち主だ。
「仕方ない。どうせ後でわかることだし、覚悟を決めて見よう!」
私がそう言うと、奏音も頷いた。
そして、張り出されていた紙を、勢いのままに見つめた。
『Aオケ』
バイオリンは一番最初に名前が記載されているから、すぐに見つかるはず――。
「あったよ。ああー、もう、ほっとしたぁ」
飛び跳ねる奏音の横で硬直する。固まる身体のまま、何度もそこに記載されている名前を脳内で読み上げた。
「あずさ……」
明るい声を出していたはずの奏音の声が、一瞬にして変わる。
「……うん。Bオケになっちゃった」
なんとか笑顔を作ったつもりだけれど、上手く笑えているだろうか。
「あずさ――」
「仕方ないよ。2月の試験、評価低かったんだと思う」
いつもふんわりとした雰囲気を醸し出す奏音が、少し真面目な顔をして私を見る。
「ねぇ、あずさ。もう少し、バイト減らせないの?」
懸命に取り繕ったものなんて何の意味もないかのように、奏音の声は神妙だった。
「他のみんなはバイトなんてしないで、その時間必死に練習してる。その分どんどん差がついて行く。私、あずさが凄く実力あること知ってるよ。入学した時はAオケの一年生の中でも間違いなく上手い子の中の一人だった。それがたったの一年で落ちるなんて、それって絶対的な練習量が足りないってことでしょ?」
奏音がそんなことを言うのは初めてのことだ。
「私たち、もう2年生になるんだよ。あっという間に時間は過ぎちゃう。バイオリンで生きて行くには、そろそろ結果を出しておかないといけない。コンクールだって優勝者は年々年齢が下がってる。そう考えたら、もっと本腰入れないと」
その奏音の真面目な目を見つめ返す。
奏音は本当に優しい。
音楽大学では、学生同士は友人でもあるけれどそれ以上にライバルで。人のことなんて構っていられない場所。誰もが、一番になるべく頑張っている。トップ争いは恐ろしいほどに熾烈だ。勝手に落ちて行ってくれれば万々歳なくらい。それでも奏音は、こうして私のことを気に掛けてくれているのだ。
「――分かってる。私なんかが勝手にあずさの家のことに口出せないの。でも、本当は、ずっと見ていられなかった……」
「奏音、ありがとう」
そんな友人を前にして、私は笑ってみせることしか出来なかった。
「もう少し練習時間確保できるように工夫してみるよ」
「ごめん、余計なこと」
「ううん。ありがとう。じゃあ、バイト行って来るね」
手を振る私に、奏音が困ったように笑いつつ手を振り返してくれた。
私は私だ。私が出来ることをするしかない――。
いつもそうやって自分を鼓舞している。
でも、この日ばかりは、どうしても上手くできない。