囚われのシンデレラ【完結】
「ソコロフは、音楽のことになると厳しいらしいから。心しておけよ」
そんな私に、優しい声が降って来る。
「どうして、個人レッスンの先生をあんなに凄い人に……?」
ずっと不思議だった。
「ああ。まあ、少し伝手があった。ソコロフは、来日した時の常宿にセンチュリーを使っているから。その関係で」
「それでも、世界中を駆け回っているようなプロですよ? そんな忙しい人が個人レッスンだなんて」
西園寺さんが頬杖をついて、私を見る。
「その通り。超多忙の一流バイオリニストだ。だからこそ、死ぬ気で練習して行かないとすぐに追い出されるぞ? 音楽家は気難しいから。それは君の方が知ってるだろ。一体、どれくらいその腕はなまってるんだ?」
そう言って、私の腕を指差した。
「……うっ。そ、それは……精一杯やります」
とんでもなくなまりきっていることを、先日の個人練習で思い知っている。
「頼むぞ。俺の妻なんだから、どうせなら、周りが羨望の眼差しで見るような凄い女性の方がいい」
「それは、あまりにプレッシャーをかけすぎですよ」
むしろ羨望の眼差しで見られるのは私だと思う。
「そうかな。あずさは、プレッシャーやハードルがあった方が、燃えるタイプだろ?」
にやりとして、そんなことを言う。
――。
また、だ。胸がじんとする。
自然に、『あずさ』と呼んでくれた。そして、そんな風に私に話しかけてくれる西園寺さんに、また心が敏感に反応してしまう。
「頑張ります」
何もない私ができることは頑張ることだけだ。頷くように私を見ると、西園寺さんは再びそばを口にした。
「こんな風に誰かと年越しそばを食べるの、何年ぶりかな。学生時代以来かもしれないな」
「そうなんですか?」
「ああ。つい最近までずっと海外で暮らしていたから」
そう答えると、「――美味しかった。ごちそうさま」と西園寺さんが器を置いた。
「じゃあ、私、片付けて来ますね」
「片付けくらいは、俺が――」
私が立ち上がると、西園寺さんも立ち上がろうとした。
「いえいえっ!とんでもないです。お茶でも持って来ますから、ゆっくりしていてください!」
西園寺さんに皿洗いなんてさせられるはずがない。
「ほんとに、大丈夫ですので! そのままで!」
手のひらでもそう示すように、両手で西園寺さんの動きを制止した。
「わ、分かった」
あまりに必死に言ったからか、少しのけぞり気味になって西園寺さんが頷く。
台所に戻り、食器と鍋を洗う。
みかん、食べるかな。西園寺さん、みかんなんて食べるのかな――。
いちいちそんなことを考える自分が可笑しくなる。
7年前に恋人同士だった。数日前、思いもよらず身体を重ねてしまった。それなのに、出会って間もない人のように緊張する。初めて恋したあの頃みたいに、いちいちドキドキとしてしまう。
お盆に急須と湯のみを2つ、そしてみかんを載せて和室に戻った。