囚われのシンデレラ【完結】
「――じゃあ、お母さんにもよろしく伝えてくれ」
「はい。ありがとうございました」
玄関まででいいと言われて、アパートで西園寺さんを見送る。
「じゃあ、今夜、戻ります」
「ああ」
ばたんと閉じられたドアを見つめた。
それから仮眠をして、午前中に母の病院へと向かった。新年だからなるべく早く行きたいと思っていたのに、寝坊してしまった。
「あけましておめでとう」
「おめでとう」
病室に入るなりそう言うと、母が意味ありげにニヤニヤとしている。
「……その表情、なに?」
「あずさが、いつもよりずっと嬉しそうな顔してるからさぁ」
「嬉しそう? な、何よそれ。いつもと同じですけど」
顔に出てるの?
一体、どんな顔してるっていうの?
意識していないのに表情に何かが出ているらしい。そんな自分が怖い。
「お母さんは、久しぶりに胸がキュンとしたけど」
「えっ?」
ベッドそばの椅子に座ると、母が年を忘れた乙女ような目で何かを思い出している。
「映画以外で、あんなの初めて見たからさ。お姫様抱っこって言うの? あんたがよだれ垂らして爆睡しているところを、西園寺さんがね、こう、颯爽とね、抱き上げて連れて行ったのよ」
「よ、よだれ……っ? 本当に?」
その言葉にぞっとして母に詰め寄っても、その目はどこか違うところを見ている。
「西園寺さんって、やっぱりかっこいいわよねー。いい男がすることは何でもかっこいい。本当の王子様みたいだったわ。関係ないお母さんまでドキドキしちゃった。そのせいで、10歳くらい若返った気分」
私、一体、どんな顔してたの?
口開けて、よだれ垂らしていたんだとしたら――。
そんな顔を西園寺さんに晒したということだ。
恥ずかしすぎる!
だから、考えたくなかったのに。
恨めしい気持ちになりながら、呑気にうっとりしている母を睨む。
「ねえ、西園寺さんの少年時代の話、知ってる?」
そうかと思ったら、今度は得意げな顔を私に近付けて来た。
「大石先生に聞いたの。とんでもなく裕福な家で育ったのに、本当に真面目で控えめな子だったんだって。顔だってかっこいいんだから、少しくらい調子にのっちゃいそうなのにねぇ。調子にのっても許されただろうに」
「……うん。そうだよね。でも、西園寺さんはそういう人だよ。出会った時から、本当に誠実な人だった」
出会ったばかりの頃の素っ気ない態度は、西園寺さんが経験上得た、慎重にならざるを得ない相手との距離の取り方だった。
最初は遠慮のないものに感じられた言葉は、西園寺さんの嘘のない真っ直ぐな言葉だと知った。
そして、一度心を許した相手には、惜しみなく想いをくれる。そんな人だった――。
「あずさ? どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「それにしても、そんなにいい人と巡り合えて良かったね。お母さん、退院したらあちらのご両親にもちゃんと挨拶しないと。あー緊張するなぁ」
「……うん。それよりまずは、早く退院できるようにリハビリ頑張らないとね」
何も知らない母の笑顔が、少し胸に痛い。