囚われのシンデレラ【完結】
アパートの前に、西園寺さんの黒い車がとまっていた。
軽く助手席側の窓を手でコンコンと叩くと、ハッとしたように西園寺さんがこちらを見る。頭を下げると、助手席側のロックを開けてくれた。
「迎えに来ていただいて、ありがとうございます」
車に乗り込みながらお礼を言った。
「いや」
身体を運転席に戻すと、西園寺さんがすぐにエンジンをかけた。私も慌ててシートベルトをする。
「ここまで時間かかりましたか? 元日は、初詣帰りの人なんかで車が多いのかな」
車を発進させ前を向く西園寺さんの横顔を見る。その横顔は前を向いたままだった。言葉は何も返って来ない。
「西園寺さん……?」
あれ――。
寒さを感じる。
西園寺さんずっと車を運転してここに来たんだよね――。
思いのほか車内の気温が低い気がする。外気温が低いから、少しエンジンを切っただけで車内の温度は下がってしまうのだろうか。
「西園寺さん」
もう一度呼ぶと、こちらに意識を戻すように私を見た。
「アパートに着いたのって――」
「今、来たばかりだ」
被せるみたいな、その低い声に一瞬言葉に詰まる。
「……そうですか」
柊ちゃんの姿を見たのだろうか――。
いや、でも。柊ちゃんが帰ったのはもう1時間くらい前のことだ。時間が経っている。普通に考えれば、見ていないはずだ。それに、西園寺さんは「今来たばかりだ」と言ったのだ。
だけど――。
「夕食はもう食べたか?」
「え……っ、い、いえ。まだ食べていません」
横顔のままで西園寺さんに聞かれて、慌てて答える。
「じゃあ、どこかに寄ろう」
「はい」
「何か、食べたいものはある?」
「私は何でも」
「分かった」
それから、マンションに帰る途中にあったチェーン店のカフェに入った。
「元日からあいてる店はそんなにないな。探すのに時間かかった割に、ちゃんとした店でなくて悪い」
「いえ。パスタもあるし、ここで十分ですよ」
営業している店が少ないからか、こうして開いている店は混み合っていた。かろうじてあいていた窓際カウンター席の一番端に座る。
西園寺さんとこんな風に至近距離で隣り合って座ることなんてなくて、緊張する。心拍数が急上昇していくのが分かる。肩が今にも触れそうな距離に、パスタをフォークに巻き付けるのにも緊張する。
結局、ここに着くまでの車内でも、西園寺さんはほとんど言葉を発しなかった。横顔は前方を見ているようで、何かを考えているみたいにも思えて。声を掛けられなかった。
私のアパートで一緒に過ごした数時間。その時間が、少しだけ心の距離を縮めてくれたような気がしたけれど。きっと、そんなに簡単ではない。
「――本当に、今日で良かったのか?」
「……え?」
隣でコーヒーカップを手にしていた西園寺さんが、ぽつりと口を開いた。
「うちに帰って来るの」
窓の向こうを見ていたその目が、ゆっくりと私に向けられた。