囚われのシンデレラ【完結】

「はい」

緊張しつつも、西園寺さんの目を真っ直ぐに見る。

「私は西園寺さんの妻だから、私のいるべき場所は西園寺さんと一緒に暮らしているあの家です。そうですよね?」
「――そう、だな」

その目を伏せ、西園寺さんが再び窓の向こうを見た。

「でも、この結婚を提案した時、俺が言ったことに今も変わりはないから。君も心までは無理するな」

その言葉の意味することが私の胸を容赦なく突き刺す。でも、その言い方はあの時とは全然違う。冷たく突き放すようなものではなかった。

むしろ、私を労わるような言い方――。

だからこそ胸が痛い。昂ぶる感情が、私に余計な言葉を口にさせる。

「……心に無理なんて、していません」
「あずさ――」
「私は、ただ、西園寺さんのことが……っ」

好きだと、言ってしまいそうになった。言ってしまいたくなった。

裏切った女の”好き”という言葉は、どうやっても嘘にまみれた薄汚いものになる。
私の口から出る言葉は、西園寺さんを前にすればすべて無意味になる。

”君に心まで求めようとは思っていない”
”一切感情は残っていない”

西園寺さんにとって、私の想いは無意味どころか迷惑でしかないだろう。

こんなにもすぐ近くにある体温と、この日の柊ちゃんとのやり取り、結婚を提案された時の西園寺さんの言葉。
いろんな胸の痛みが蘇ってどうしようもなくなる。

だからと言って、この痛みは西園寺さんにぶつけていいものではない。
すべてを分かった上で、私は西園寺さんの妻として頑張ろうと決めたのだ。
それを全うしたい。

「すみません、何でもありません。ただ――」

西園寺さんに気付かれないようにそっと顔を背けた。

「もし、今日、アパートの前で私の幼馴染みを見かけたのなら。それは、彼が突然訪ねて来て話をしただけ、ただそれだけの――」

言葉にしようとすれば、唇が震えてしまう。
虚しくてどうにかなりそうで――。

「……悪かった」

西園寺さん――?

突然、私の頭に大きな手が優しく触れる。

「いまさら意味のないことを言った」

不意に手のひらの温もりを感じて、訳もわからず込み上げていたものが零れそうになる。

「あずさが、この結婚に対してきちんと向き合おうと頑張っていることは分かってるから。俺が大人になりきれていないだけだ。申し訳ない、もう少しの間だけ辛抱してくれ」

ふっと息が吐かれた後、すぐに、するりと温もりは離れて。胸に痛みを残す。

西園寺さんは、今のままで十分です。
あなただって、苦しいはずです――。

「全然、そんなことないです。私の方こそ、本当にごめんなさい」

西園寺さんは、こんな風に私を気遣ってしまう。きっと、私が知らないいろんなことに心を砕かせている。

結局、この結婚は、冷酷になり切れなかった西園寺さんの方が苦しいのではないか。
その傷を深くしているのではないのか。

そう思っても、どうしたらいいのか分からない。

私には言葉が虚しく感じられて。
目で見たものと言葉と。どちらがらより信じられるのか。
その答えのあまりの明白さに、私はまた立ち竦む。

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