囚われのシンデレラ【完結】
新年が始まった。お正月でさえも西園寺さんは忙しそうだった。
家に居ても自分の部屋で仕事をしているみたいで、ほとんど顔を合わせていない。朝食を一緒に取る程度だ。
私は私で、空いている時間はバイオリンの練習に充てた。何かに夢中になっている時間は無になれる。
テクニックをどれだけ取り戻せるのか。これだけのブランクがあって、この腕と手は言うことを聞いてくれるようになるのか。不安しかない。でも、やるしかない。
バイオリンの練習をして、レストランに出勤して、病院に見舞う。正月三が日は、それであっという間に過ぎて行った。
「少しだけ時間いいか?」
西園寺さんの仕事始めの日、出勤前に台所に立つ私に声をかけて来た。西園寺さんが私に何かを頼むのは珍しいことだ。
「はい。大丈夫です」
「今日から、俺の出勤に車がつくことになる」
タオルで濡れた手を拭き、西園寺さんに向かい合う。
「確か、年明けから役員になられるんですよね」
「ああ、そうだ。それで、運転手をあずさに紹介しておきたい。下まで一緒に来てくれ」
「はい」
西園寺さんと結婚してから、私を妻として誰かに紹介してくれるのは西園寺さんの家族以外に初めてだ。斎藤さんにすら、西園寺さんを通しては会っていない。
「とても信頼できる人なんだ。俺が直々に指名した」
「そうなんですか。ぜひ、挨拶させてください!」
本当に西園寺さんの妻なんだと初めて実感出来る気がして、つい嬉しくなる。
「何か困ったことがあった時、きっと力になってくれる人だから」
そう言った西園寺さんに付いて行くと、マンションの車寄せに既に黒塗りの車が止まっていた。エントランスの自動ドアが開くと、車のそばに立つ人が見えた。
「常務、おはようございます」
「おはようございます」
西園寺さんが挨拶をする一歩後ろに立つ。
「細田さんには妻を紹介しておきたくて連れて来ました」
その言葉にならうように頭を下げた。
「あずさと申します。よろしくお願いします」
「これは奥様、はじめまして。西園寺常務の運転手をつとめさせていただきます、細田と申します」
その人は、小柄で柔和な笑顔が印象的な中年の男性だった。
「西園寺家の運転手から、このたびはこちらの任を仰せつかりました。西園寺常務には大変お世話になっております。どうぞ、よろしくお願い致します」
丁寧な話し方が、相手の心を和らげる。そんな方だ。
「そういうわけだから細田さん、妻のこともよろしく頼みます」
西園寺さんが細田さんにそう言うと、今度は私の方へと体を向けた。
「じゃあ、行って来る。帰りが遅くても気にしないでいてくれ」
「分かりました。いってらっしゃい」
鞄を手にして後部座席に乗り込む西園寺さんを見送る。
「では奥様、失礼致します」
丁寧に頭を下げられ、私も頭を下げた。