囚われのシンデレラ【完結】
私もその後出勤すると、店長から新しい人が面接に来ると聞いた。
「その人が良ければ採用になると思うし、少し引き継ぎや指導はお願いするけど、もう大丈夫だと思う」
「ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
これでレストランを辞める目処がついた。
それから1週間ほどしてレストランを辞めた。
その日の夜、西園寺さんの帰りを待った。仕事始めの日から、私の意思で、朝はマンションのエントランスで西園寺さんの車を見送っている。でも、夜は西園寺さんを待たないようにしていた。
『待たなくていい』と言ってくれているのに、深夜まで起きて待っていたら、余計に気を遣わせる気がして。だから、夜はほとんど顔を合わせることはない。それだけ、西園寺さんの帰りは連日遅かった。
でも、今日は西園寺さんと話がしたかった。
玄関からドアが開く音がして、ソファから立ち上がる。
「おかえりなさい」
私を見て少し驚いている。日付がそろそろ変わろうかという時間、それでも西園寺さんのスーツ姿に少しの乱れもない。
「今日は、どうかしたのか?」
西園寺さんがリビングダイニングへと足を踏み入れた。
「はい。今日で、レストランを辞めて来ました。その報告をと思って」
「そうか」
鞄をダイニングテーブルの椅子に置き、西園寺さんがこちらへと来る。
「それで、仕事がなくなれば私の時間はかなりあきます。家のことは私にさせてもらえないでしょうか」
ずっと考えていたことだ。
「それは、家政婦をやめさせる、ということか?」
「はい。私はこの家の主婦ですから、家のことは私がするのが当たり前だと思うんです」
「でも、君にはバイオリンの練習がある。お母さんの見舞い以外の時間は、余計なことに使うな」
「え……?」
バイオリンって……。
その言葉に驚く。
もしかして、西園寺さんは、この先私をバイオリンに集中させるために仕事をやめさせたのか――。
それは少し考えすぎだろうか。
「ちょうどソコロフのレッスンも明日から始まるだろ? あずさは家事なんかしなくていい」
「バイオリンの練習はもちろんきちんとします。でも、家のこともさせてください。そうじゃないと、自分がここにいる意味が分からなくなる」
西園寺さんの妻だと少しでも実感を持ちたいだけなのかもしれない。こんなことで実感できるのかどうか分からないけれど、でも、それくらいしか存在意義を見つけられなかった。
西園寺さんが、ふっと大きく息を吐きソファに座った。
「――分かった。あずさの気が済むようにすればいい」
「ありがとうございます!」
「ただし――」
勢いよく頭を下げると、それを制止するみたいに西園寺さんの声が飛んで来た。
「家事は二の次でいい。それと、金のことだ」
「お金、ですか……?」
ソファに座る西園寺さんが私を見上げる。
「君名義の口座を作って、俺に通帳を渡してほしいと言ったがあれはどうなった?」
家計で現金が必要になった時、私が自由に支出できるようにするため、口座を作るよう頼まれていた。
「それから、渡してあるクレジットカード。まったく使っていないな? あれで必要なものは買えと言ったはずだ。それに、ドレスはどうした。パーティー用に準備しろと言ってある」
「す、すみません!」
「もしかして、忘れていた?」
「あ、あの、パーティーの日程を伝えられていないから、まだ先なのかなって思っていて……」
西園寺さんの目が鋭く私を見ている。
「……すみません。言い訳です」
それは完全なる言い訳だ。本当は、すっかり忘れていた。
「――まったく。君に任せていては埒があかないな。それに、自分で準備させたところで一番安いものを買われそうだ。もういい」
西園寺さんが溜息を吐きながら首元のネクタイを緩める。
「今週末、適当なものを業者に持って来させるから家にいてくれ」
「え、え……っ!」
「返事は?」
立ち上がった西園寺さんが、私に顔を近付けて聞いて来るから。
「はい」
結局、素直に頷いていた。