囚われのシンデレラ【完結】
一人になって、大きく息を吐く。
漆原公香――彼女の顔が浮かび、沈み込みそうになるほどに気が重くなる。
7年前、あずさとの別れの直後、見合いの席が設けられた。一通りの挨拶を済ませてすぐに口を開いたのは俺だった。
『申し訳ありません。私は、この縁談を受けるつもりはありません』
父親の声と相手の母親の絶句、それらを感じながら頭を下げ続けた。
漆原ではなく、向いに座る公香さんに対しての謝罪だった。艶やかな振袖を着た、見るからに大人しそうな人だった。
『まだろくに話もしていないのにそんなことを言うのは、あまりに失礼ではないですか? この縁談を受けられないと言う理由は?』
経営者であり父親でもある漆原が俺に問いかけた。
『公香さんを幸せにすることが出来ないからです』
『どうして?』
顔を上げ、漆原を真っ直ぐに見た。
『この結婚でセンチュリーの危機は脱することが出来るでしょう。でも、私は公香さんに100パーセントの愛情を与えられない。社のために一人の女性を不幸にはしたくありません』
『見合い結婚なんて、世の中には数あることだ。これからお互いに関係を深めて行けばいいのでは?』
『私には想っている人がいます。ですから、この縁談はお断り致します』
漆原家にも、そして公香さんにも、正直に答えることしか出来なかった。
自分のしていることが、西園寺家の長男として大人として、愚かなことだとは分かっている。
それに、こんなことをしたからと言って、あずさはもういない。
それから、当時大学4年だった公香さんに謝るため会いに行った。彼女に少なからず嫌な思いをさせたことには変わりない。
『すべては俺の我儘です。あなたに問題があるわけではありません』
深く頭を下げると、か細い躊躇いがちな声がした。
『……あ、あの、佳孝さんの想っている方とは、ご結婚、されるんですか……?』
俯いたままで、表情は見えない。
『お恥ずかしい話なのですが、振られているんです』
『……えっ?』
彼女が勢いよく顔を上げた。
『佳孝さんみたいな方が、振られるなんて、そんなことあるはずないです』
か細い声が嘘のように、はっきりとした声だった。それに驚いていると、ハッとしたようにまた俯く。
『嘘ではないですよ。ただ、俺が忘れられないだけです』
そう言って笑った。
『それなのに、社の危機にも関わらず大事な縁談も断って。西園寺の人間としては、責任感のかけらもない愚かな男です。あなたなら、もっといい人とのご縁がありますよ』
『そんなにも誠実に誰かを愛せる方が、愚かなはずはありません。佳孝さんは、昔から、ホントに……ステキな人です』
思いの外、強い眼差しが意外だった。
破談になったのにも関わらず、漆原から援助の申し出があったのはそれからしばらく経った後のことだった。
『今時珍しい、その信念の強さと誠実さに恐れ入った。縁談とは関係なく、君がトップに立つセンチュリーの将来に投資をしたい』
その都合の良い話に驚きしかなくて、何があってもその借りは返そうと思った。
それから7年。ほとんどを海外で過ごして来て、帰国したのは1年ほど前。それを待っていたかのように、再び漆原家との縁談話が持ち上がったのだ。
この7年で彼女に会ったのは一度だけ。ニューヨークのセンチュリーで勤務していた時に、「旅行で来たから」と言ってホテルを訪ねて来たのだ。さすがに対応しないわけには行かずに会った。
確かに、俺の結婚は周囲の人間全員にとって青天の霹靂だっただろう。言わば奇襲のようなものだ。
そうであっても、今度こそこの縁談には何のしがらみもない。だからこそ、漆原側に会うことなく断っていた。
でも、あからさまに無視できる相手でもない。漆原は、この先のビジネスを考えても確かに敵にはあまり回したくない。
このまま放っておいても解決しない。そう思って、先日彼女と食事をした。そこで俺の気持ちを本人にはっきりと伝えた。
あれで終わりにしてほしい――。
そう願っている時点でそれが難しいということを予感しているのかもしれない。