囚われのシンデレラ【完結】
「――本日この後ですが、経営企画部長が新たなプロジェクトについてご相談されたいとのことです」
執務室で、遥人が淡々と連絡事項を告げる。
「わかった。時間は向こうの都合で構わない」
「承知致しました」
午前中の会議で議題になっていた資料に目を通していると、少しの間の後、遥人が再び口を開いた。
「それと……業務とは別件ですが、」
その声が低くなる。
「漆原会長が、常務に面会したいとの連絡が入っています」
無意識のうちに手を額に当てた。
やはり、漆原は父に会いに来ていたのか。
「……本当にしつこいな。これ以上こちらが言うことはない」
「あちらはあるんでしょう」
手にしていた資料を机に置き、背を背もたれに投げ出す。嫌な予感が当たってしまったということだ。
「一体、何がしたいんだ」
「それはもちろん、自分の娘の希望を叶えてやることでしょう。何せ、会長がお年を召してから出来た可愛い一人娘ですからね。それはそれは、大事に育て過ぎて、良く言えば無菌状態の箱入り娘、悪く言えば恐ろしいほどの世間知らず……そんな女性でしょうね」
先月、公香さんと食事をしたときのことを思い出し、大きく溜息を吐いてしまう。
白さを通り越して青白ささえ感じる顔に、その黒い目だけが異様に主張して。今にも折れてしまいそうな細い身体で、俺の目の前に座っていた。
『以前からお伝えしているように、私は結婚している身です。妻がいながら縁談など、馬鹿げているとはお思いになりませんか?』
こんな暴挙ともとれる行動に出ておきながら、緊張しているのか俯きがちだった。
『もちろん、7年前に我が社を助けていただいたことには心から感謝しています。その御恩を返したいと出来る限りのことをさせていただいて来ました』
あの時の恩など霞むくらいのことをして来た。そして、この先政略のネタを作らせないよう、経営を鉄壁にして来たのだ。こんな結婚を押し付けられる言われはない。
『私は妻を心から愛しています。ですから、このような場はこれで最後にしていただきたい』
そう言うと、その薄い肩をびくつかせた。
『どうか、ご理解ください』
頭を下げると、ずっと黙っていた彼女が酷く震えた掠れそうな声を発した。
『……奥様は、7年前、佳孝さんが想っていらっしゃった方ですか……?』
その問いに顔を上げる。その目は、先ほどと違い真っ直ぐに俺を見ていた。
それが聞きたかったのか――?
『どうしてそんなことを?』
正直に答えることに躊躇いが生まれる。
正直に答えることで起こりうるリスク。答えないことで起こりうるリスク。それを頭の中で瞬時に考えてしまう。
『もし、そうなら、その方が羨ましくて……。佳孝さんみたいな方に、7年も想ってもらえて、結婚されて……。たまらなく羨ましい。私だって――』
私だって――その言葉の続きが気になって、言葉を待つ。
その目というか視線の動きというか……。
何とも言えない違和感を覚える。
『佳孝さんが帰国されて、そんなにすぐに、ご結婚されるとは思わなくて……』
強すぎるほどの視線かと思ったら、今度は虚ろな視線になる。言葉もどこか繋がりがない。
『本当に、ごめんなさい』
そう言って俯く。よく見ると、身体が僅かに震えていた。