囚われのシンデレラ【完結】
――――どうしても拭いきれない、得体の知れない不安。それが分からなくて、ざわざわとする。
やはり、あずさのことを大々的に周囲に知らせなくてよかったと思う。
当初は、あずさの顔を晒したくないからだったが、何があるかなんて分からないのだ。
誰がどこで、いつ、何を企むのか――。
これまで通り、あまり表には出さない方がいい。
「――漆原会長より、いつなら都合がいいかと予定を聞かれておりますが」
遥人の言葉に頭を振る。
「あいている時間なんてないと言っておけ。俺が忙しいのは、おまえが一番分かっているだろう」
「相手は会長ですよ。そんな理由が通るとでも?」
「おまえは有能な秘書だろ? 何のために俺の秘書をしているんだ」
じろりと遥人の目を見上げた。
「――漆原公香さんには、少し気を付けられた方がいいと思います。先月の食事の時、彼女の様子は少しおかしかった。人間なんて、心の中にどんな闇を持っているか分かりませんよ?」
公香さんとの食事の時、遥人を同席させた。どこで誰に見られているか分からない。二人きりで会うのは嫌だったのだ。
やはり、遥人も同じことを感じていたか――。
「おまえの意見は? 今でも、俺と公香さんが結婚した方がいいと思っているのか?」
「そうですね。それが常務にとってもセンチュリーにとっても最善ですから。そして、おそらくあずささんにとっても」
ふっと息を吐いて目を閉じる。
「――分かった。もういい。ただ一つ言っておく」
遥人を射抜くように見た。
「この前も言った通り。あずさに一切近付くな。話もするな。これは上司命令だ。もし、その命令に背いたと分かった時、俺はどんな手を尽してもおまえをこの職から追放する」
「……あなたという人は、本当に残酷ですね」
遥人が目を伏せ、前髪がその目を隠し影を作る。
「残酷……か。でも今は、俺とおまえは友人ではなく、上司と部下だろ?」
そう言うと、その目がおもむろに俺を見た。
「おまえはあずさを煙たがっている。それなのに、あずさがおまえのことを悪く言うことはない。それが意味することは何か。先日、ここでおまえとあずさが会って話をしていた時も、おまえとあずさとで少し話が食い違っていた」
「それで、彼女の方を信じると? 一度、裏切られているにも関わらず?」
遥人が乾いた声を上げた。
「今の俺にとって、信じるとか信じないとかそんなことはどうでもいいことだ。ただ、守るべきものを守るためにするべきことをする」
俺にはあずさを守る責任がある。今のあずさには、頼れる人間は俺しかいないのだ。
「おまえはあずさを守る側の人間ではない。そういうことだ」
「常務……」
「昔の俺が、どれだけおめでたい男だったか。あの頃に残酷さの一つでも持ち合わせていたらよかったと思うよ」
そう言い終えると、再び書類に目を戻す。
「話は終わりだ」
数秒の間の後、その足音が遠ざかって行った。