囚われのシンデレラ【完結】
緩やかな酔いが身体を巡り、ほんの少し感傷的になる。
この結婚の目的は、あずさの母親を助けあずさにもう一度夢を思い出させること。余計なことは考えず、ただその目的を達成させることだけを考えて来た。
もし、選択肢を提示しても、あずさが留学することを望まなかったら――。
グラスを口に運び、しまりのない味の液体を飲み干した。
その時はその時だ。あずさの人生だ。でも、そうだとしても結論は変わらない。
囚われの生活から解放してやらないとな――。
「――お連れの方は、もうお帰りになられたんですか?」
「……え?」
突然近付いた声の方へと、おもむろに顔を向ける。
「流暢なロシア語に聞き入ってしまっていたんです。そうしたら、一人になられて。なんだか、凄く切なそうな顔をしてお飲みになってるから気になってしまったんです」
許可も得ず、女が隣に腰掛けて来た。俺と同年代くらいだろうか。
「私でよければ、一杯だけお付き合いさせてください。私も今日はどうしても飲みたい気分で」
もったいぶるような視線の向け方、男からの見られ方を熟知した仕草――。
長く流れる髪を、俺のいる側だけ、耳にかけた。
「もしかして、誘っていただけているのかな? ちょうど下には部屋もある」
勝手に隣に座る女に、視線を向ける。
無駄な会話をするつもりは毛頭ない。
「そんなつもりではなかったんです。でも、あなたが――」
付けて間もないような口紅が生々しい唇が、俺の方へと向く。その目を潤ませて俺を見上げた。
――でも?
でも、なんだ。
『でも、あなたが望むなら』とでも言うつもりか。
「ここは、大人がゆっくりと酒を楽しむ場だ。そういうことなら、他でしていただけますか? では、失礼」
「え……っ?」
目を見開いた女に、最後に微笑む。スーツの上着を手に取り、席を立った。
おそらく、自分から誘えるくらい、顔もスタイルも申し分ない女なんだろう。
こういう時、誰でもいいから、何もかもを忘れて遊んでしまえたらよかったのかもしれない。
誰も乗っていないエレベーターが地上へと下りて行く。箱の中で壁にもたれて立つ。
そういう男だったら、今頃、あずさを身体だけでも無理やり俺のものにしていただろうか――。
そう想像して苦笑する。
まあ、無理だな。
あの酔い潰れた年末。あの一度ですら、後悔にまみれてたまらなかった。
どれだけ冷たくしても、あの身体を踏みにじることは出来ない。